落とし物箱

出会っちゃった人たちの話がしたい

幻を目撃した日々 〜 ミュージカル ドン・ジュアン






颯爽と姿を現したと思ったら幻のように姿を消し、瞬く間に過ぎ去っていったミュージカル ドン・ジュアン
今でも幻だったのかもしれない、と感じてしまうくらい一瞬の出来事だった。それもこれも全部ドンジュアンらしいなってたまには彼のこと思い出してしまうんだろうな。


藤ヶ谷太輔初主演初ミュージカル作品を上演すると発表された2019年4月。藤ヶ谷くん歌上手いから特にミュージカルをやることに対して心配することもなく、すごいな、ちょっと気になるな、見たいけどきっと行かずに終わるんだろうなあくらいにしか考えてなかった。
この作品があるのを忘れかけてた2019年6月11日。なんとまあ、推しである平間くんの出演が発表された。驚いたわ、色々と。それからは瞬く間に時間が過ぎていって、前情報が全くなくて*1、それでも遠くの方で稽古の始まっている足音がかすかに聞こえて*2、けど一向に赤坂ACTシアターにはポスターが1枚どころかその姿すら見えなくて、仮チラシも本チラシもGETできないまま*3本当にドンジュアン上演するの?もしかして私の幻覚なのでは?と思ってしまうくらい不安なまま初日の幕が開きました。
平間くんがこの作品に出演するのが決まってから宝塚版のドンジュアンを見て、こんな、男尊女卑な平間くんが見れるの!?と意気揚々としてたらラファエル像が全く違って作られててびっくりしたけど平間くんらしいラファエルくんになってたんじゃないかなって思った。日本では宝塚版が先にあったからそれに捉われてしまうことだってあっただろうに、ガラッと新しいラファエルを届けてくれたことが嬉しかった。きっとまたたくさん悩んで悩んで作ってくれたんだろうなあっていうのも同時に感じてた。




では本題。安定の前置き長すぎ芸人( ^ω^ )
今回ブログ書こうかなどうしようかなってずっと迷ってたんだけど今回はあんまり呟くこともしてなかったから感想と個人的な解釈を見返せるように残しておきたくて書きました、完全自己満ブログ。ほんとに終わった今もドンジュアンは幻だったんじゃないかと思うくらいなんかこう、現実味がなかったから、まだ記憶が鮮明にある内に書き残しておきたい。



ドン・ジュアン - 藤ヶ谷太輔

藤ヶ谷くん初ミュージカルっていうのを聞いて最初に思ったのが「まだやったことなかったんだなあ」っていうほんとそんな感想だった。それくらい全然歌に対して不安はなかったし、お芝居もそんなに心配してなかった。なんでもソツなくこなすイメージがあったからきっと藤ヶ谷くんらしいドンジュアンになるんだろうなって思ってた。宝塚版みたらもう男性が演じるなら藤ヶ谷くんしかいないんじゃない!?とすら思ったもん。幕が開いて見たらやっぱりちゃんとドンジュアンだった。
最初に藤ヶ谷くんのドンジュアンを見たときなんかさっぱりしてるな、みたいな物足りなさを感じたんですけどこれはドンジュアンの感情が全部モノクロみたいだったからかもしれないなって。彼はたまたまお金を持っていて、たまたま容姿が良くて、たまたま名誉があって。たまたま周りが欲しがるものを全部持っていたから彼自身、不便を感じるようなものはなにもないから何かに熱中することがなかったんだろうな。全ての世界に対して諦めていて、見放しているような感じがした。たまたま全部持っていた彼の選んだ娯楽が女と酒だった。娯楽だけど本当に楽しんでいるわけではなくて、暇つぶしみたいな、することないし、程度の遊びのようだったんだよな。
ずっとドンジュアンがどうしてこんなに剣の腕が立つのか、女が絶えず近くにいるのか、考えていたんだけどその答えって多分ラストの亡霊が教えてくれていると思っていて。「お前は人間ではなかった。」彼は人間じゃなくて、きっと人の形をした魔物だったのかもしれないなあと考えるようになった。だから誰にも負けない力を持っているし、誰をも魅了する力を持っている。それは男や女に限らず。簡単にいうとヴァンパイアみたいな、人の姿をした吸血鬼はどこか人間離れしていて周りの人を惹きつけるじゃないですか。ドンジュアンってそんな存在だったのかもしれないなあって。愛を知るまでは。
その愛を教えてくれたのは亡霊。亡霊は"愛"という感情と一緒に今までドンジュアンの中でモノクロだった感情に色をつけた。それが 11場/石の像 でマリアが一度だけ空に向かって杭を打った時。亡霊もその杭を打つ仕草に合わせてドンジュアンに何かを打ち込む。それが愛だったのかなって。打たれたドンジュアンを見たときにパッと色が灯ったように見えたの。この表現すごいなって感じた。花が咲いたようだった。これで彼は(亡霊に芽生えさせられた)マリアとの愛を知って"人間"になる。けれど周りは彼が"人間になる"ことを許さなかったんだろうな。それを知ったからドンジュアンは"人(間)であるために死ぬ"ことを決める。きっとこのままマリアと生き続けていたらまた人間のままではいられなくなってしまうから。
ドンジュアンにとっての勝利は"人間になる"ことだったのかもしれないなあ。それを思うとドンジュアンの一人勝ちになるのかもしれない。この物語、勝ち負けを決めるものではないけれど、決闘でのドンジュアンの勝利が印象に強く残っているからこういう風に考えてしまうのかもしれない。
藤ヶ谷くん、これからもミュージカルに挑戦してほしいし声の伸びがとっても綺麗だからビブラートを操れるようになったり歌の技術面を上げていったらきっとそこに表現力がくっついてくると思うからすごい人になれる気がしてるんだよ。外部がウエメセみたいな言い方になってしまったけれど、それでも今回で終わりにしてしまうのはもったいないなあって感じたから、またいつかチャレンジしてほしいなって思う。




マリア - 蓮佛美沙子

蓮佛さんのお芝居いつか生で見たいなって思ってたから念願叶って嬉しかった!映像で見てて可愛いなって思ってたけど本物はもっともっと可愛かった……
今回はラファエルがすごく優しい人にシフトしちゃった分マリアがほんとに酷な女に振り切ってしまったのが残念だったなって思うけどこの作品、誰かは必ず酷な人間にならないと成立しない物語だと思うから(宝塚版はラファエルが酷な男だったしね)その一手を担ってくれてありがとうという気持ち。
あまりにも身勝手な女なんだけどまあだいたい亡霊のせい(あとで詳しく書きます)だから仕方ない。
それでもやっぱり… ラファエルのおたくとしてはもう少しラファエルのことも見てあげて…という気持ちがあったけど仕方ない、だって亡霊が悪いんだもんっっ
きっとマリア自身は何も悪くなくて、亡霊の巧みな操りによってドンジュアンと恋に落ちざるを得なかったんだろうな。それでもマリアほんと酷い女…ってずっと思っててごめん、カテコでたくさん構ってくれてありがとうございました!!!平間くん、すごく嬉しそうだった!




ドン・ルイ・テノリオ - 鶴見辰吾

いや〜すっごいパパだった……
鶴見さん、ミュージカルで拝見するのは初めてだったのですが歌の表現力と迫力にずっと圧倒されていた… ほんとすごい、鶴見さん。
2幕2場/ドン・ルイとエルヴィラの諍い での迫力、私も毎回エルヴィラと一緒に肩を竦めてたよ…
エルヴィラの気持ちもラファエルの気持ちももちろんドンジュアンの気持ちも全部汲み取って最後は大きな包容力で包み込んでくれるのはきっとそれだけたくさんの人生経験を積んできているからだろうなあ。
最後ラファエルを許してあげるドンルイテノリオは息子を人間にしてくれてありがとうという気持ちとラファエルが1人で背追い込みすぎないようにしてくれる魔法みたいだったな。あそこの演出、ほんとに大好きで、決闘の最中からラファエルのことも気にかけてくれるドンルイテノリオはもしかしたらこの結末が見えていたのかもしれないな。
それにしても、ラファエルくんと絡むシーンはここだけなのにいちばん頭に残って離れないのほんとにすごい。お芝居のぶつかり合いを見るのが大好きな私は2人の気持ちが痛いほど伝わってきていたよ…
ドンルイテノリオ、鶴見さんで良かったな。




ラファエル - 平間壮一

平間くんラファエル、平間くんらしくて優しくて、その優しさが仇となって迷いが生じて、ずっとずっとマリアのために迷って足掻いてた。
幕開く前に生田さんのインタビューでラファエルはのび太くんの成長物語みたいにしたいって言ってたって聞いて、あの、ラファエルをのび太くん…?ってずっとクエスチョンマークつけながらみてたんですけどここも生田さんの言ってることがすとんと落ちたなあ。初日は生田さんのお声を聞いたことがないのに頭の中でずっと生田さんボイスで「のび太くん…のび太くん…」と囁きが聞こえてた。
そして初日見てのび太くんもそうなんだけど何かが物足りなくて、ずっともやもやがうずうずしてたんですよ。もちろん宝塚版みたいなラファエルが見られるかも…みたいな期待をしていた分優しさのベクトルが強くなっててそういう方向性!?ってびっくりしたのもあったんですけど、2回目に見てわかった。これ結局初日だけだったんですけど2幕、ラファエルくんずっと手袋していたんですよ。ああ、今回の衣装はずっと手を見せてくれないんだなって、寂しくなったの。今回のドンジュアンで知れたのは思っていた以上に平間くんの手のお芝居が好きなんだなってことだった。綺麗なお指がみられることはもちろんなんだけど、平間くんのお芝居って"手"に意味を持たせることが多いから。表情だけでは出しきれない感情が伝わってくるあのお芝居がすごく好き。
ドンジュアンの公演に際して宝塚版といちばんキャラクターが変わったのは言わずもがなラファエルでした。ここまでラファエルが優しくてずっとマリアを大きな心で受け止めようとしていたからこそマリアの酷い女さが浮き彫りになってしまったんだろうなと思う。ラファエルってこの物語の中で唯一ドンジュアンの魔力に惹かれなかった人間だった。だからドンジュアンを人間にする役割を与えられたんだと思っていて。剣の腕だけだったらラファエルはドンジュアンを殺せないこともわかっていて、そもそもラファエルは人を殺すことができないんだろうなあ。それでも戦わないといけなかったのはもしかしたら自分の居場所を見つけるためだったりしたのかな。「私のために人が死ぬなんて絶対に嫌」と言ってその場を離れるマリアを追いかけるラファエルの気持ちよ… あまりに苦しすぎて毎回追いかけなくていいんだよ…と思ってた。
ラファエルくんがいちばん"可哀想"という言葉が似合ってしまうのがまた悲しくてね。何も悪くないのになあ。ただマリアを愛して戦地に向かって仲間を失って戻ったら唯一の拠り所だったマリアに昔の恋だったのよって言われて。こんな可哀想な男いるか!?それでも貫くマリアへの愛、格好良かったな。
最後、ドンジュアンを刺してしまってから自分が人を殺めてしまったという動揺があまりに人間味がありすぎて、ドンジュアンとの対比がすごく良かったんだよな。決闘には勝てたのに、結局敗北してしまうラファエルくん。ドンジュアンの息の根を止めてもマリアが自分の方を向くことはなくて、すごく切なかった。2幕11場/愛のために、俺は死ぬ で刺されたドンジュアンがラファエルの近くに来た時、ラファエルは膝立ちしてドンジュアンのこと睨むの。そこまではラファエルは負けたって思っていないんだよな。身体はボロボロなのにいつでもドンジュアンに立ち向かえる気持ちがあるの。そしてドンジュアンの「彼女の心で生き続けるために」って聞いた瞬間彼の中の点と点が全部繋がって敗北を知る。ラファエルにとってこの決闘って罪を選ぶか罰を選ぶかの2択しか残されていなくて。ドンジュアンに殺されたらそれは彼にとっては罰なんだろうし、ドンジュアンを殺してしまったらそれは罪になる。
2幕12場/ドン・ジュアンの死 で「誰のことも恨まない」とドンルイテノリオが口にするけれど、ラファエルは誰かに攻めてもらった方が楽になれただろうし、ドンジュアン殺しのラファエルと言われた方がまだ良かったのかもしれない。結果周りから肯定される殺しになってしまったの、ラファエルにとってはいちばん辛い結末になってしまった。知らんけど。あの、決闘の場から立ち去ろうとするタイミングってもちろん周りのドンジュアンへかける言葉を聞いていられないっていうこともあるけど、彼が動き出すのはマリアが言葉を出した瞬間なんだよね。もう居ても立っても居られなかったんだと思う。決闘で勝利を手にしたのに、結局負けて。もうプライドとかそういうのとかどうでもよくて、負けた事実(負けてもマリアは彼の元に帰ってこないこないからね)の方が辛くて。決闘の場から立ち去る彼を引き止めるドンルイテノリオドンルイテノリオによって閉じこもってしまいそうになったラファエルは解放された。どんなに周りにこの結果を肯定されたとしてもラファエルにとっては超えてはいけない一線を超えてしまったことに変わりはないから。それをみんなの中に導いてくれたのはドンルイテノリオなんだよなあ。ほんと、あそこのお芝居がいちばん好きだった。ちゃんと居場所を見つけることができた。これからどこか遠い国で1人そっと過ごせてるといいなと思うよ。
平間くんの大好きなお芝居たくさん見ることができて、ラファエルくんの姿を見せてくれてありがとうという気持ちでいっぱい。最後にちゃんとちぐはぐだなと思ってたところまで解決させてくれる平間くんにはもう頭が上がらないしとにかく繊細で緻密につくられた平間くんのお芝居が好きだ。あと、今回は肌で感じられるくらいにお歌が上達しすぎててびっくりしたんだよ。いつの間にこんなに上達していたの… この作品、オーディションだったって聞いて、ちゃんと作品を選んで出演してるのがわかって嬉しかった。自分に必要なものの取捨選択ができているの、本当に信頼が厚い。お芝居はもちろんなんだけど、そういう仕事との向き合い方にも絶対的信頼があるから、また今後の新しい作品へのチャレンジが楽しみで仕方ない。




ドン・カルロ - 上口耕平

上口さん今回の作品で初めましてでした。
透き通った歌声に毎回感動してた。そして隠しきれないダンスの上手さよ…
今回、私がずっとイザベル定点してたっていうのもあってカルロがいちばんよくわからなかった。けどカルロもドンジュアンの魔力に惹かれた1人なんだろうなっていうこと。ドンジュアンと同性だからっていうのを理由に"友人"と名乗ってはいたものの、すごくドンジュアンに執着していたし、ただ単純にドンジュアンのことが好きなんだろうなっていうのを感じてた。もしカルロが女だったらエルヴィラみたいになっていたのなもしれないな、だから彼はエルヴィラに惹かれた。エルヴィラを通して自分の本当の気持ちをドンジュアンにぶつけているようにも感じてた。
ラスト、彼がラファエルにドンジュアンを殺めたラファエルの剣を渡すのが結局最後までわからなくて。その渡し方も初日近辺はラファエルを突き放すように投げ渡していたけど割とすぐに優しく背中を抑えながら渡すようになっていて。カルロにとってこの剣をラファエルに渡すことが彼がラファエルの行動を肯定したことになったりするのかな… うーんわからん… けど許したんだろうな、とは思う。カルロがいちばん心の居場所がわからなくて、それでも対等にドンジュアンと話すことができたのも、ちゃんと言葉をかけてくれるのもカルロだけだったからドンジュアン、カルロにもう少し優しくしてやれ、って思ってたよ。
エルヴィラとの会話で「彼(ドンジュアン)は友人だと思ってくれてるからはわからないけどね」と言いながら笑い合う2人をみて、もしかしたらカルロがちゃんとエルヴィラを意識したのはここなのかも… カルロがこの作品の中で最初で最後に見せてくれる素の笑顔。すごく素敵だったなあ。
2幕1場/呪い での上口さんの重力を全く感じずに指先から足先までの綺麗なダンスに魅了され続けてたので来年はもっと上口さんのダンス見たいなあって思ってる。ヘアスプレーでもよろしくお願いしますね!




エルヴィラ - 恒松祐里

いや〜可愛いエルヴィラだったな……
恒松ちゃん、ごじくじのさとみの妹ってイメージしかなかったのでお芝居のうまさにびっくりした。
1幕8場/望むならば がとにかく大好きだった。周りに獣たちを従えて本意じゃない表情で歩くエルヴィラ、その姿が哀れで心がぐちゃぐちゃひなって、それでも堂々としているのが格好良くて報われてほしいなっていつも思ってた。あの場面のエルヴィラの辛さが痛いほどに伝わってきてた。「似合わないことはするもんじゃない」ってカルロじゃなくても言葉をかけたくなってしまう。
ドンジュアンへの愛が深くて、それでも伝わらなくて。2幕2場/ドン・ルイとエルヴィラの諍い でのエルヴィラの見せた女の怖さ、闇が深すぎてめちゃくちゃ好きだった。でもここも無理してるようなのがまた伝わってきて、ほんとにエルヴィラって切ない、愛してはいけない男を愛してしまったんだなって感じてたよ。
恒松ちゃんすごくお芝居が細かくて繊細だなという印象。ちゃんと気持ちの繋がりがわかるの。私がラファエルのおたくなので決闘中のエルヴィラを見れなかったのが今とても悔しい。どんな表情で、どんな気持ちであの決闘を見守っていたんだろう。いつか恒松さんからエルヴィラのお話聞いてみたいな。




騎士団長/亡霊 - 吉野圭吾

だいたい亡霊が全部悪い!!!
私がドンジュアンに通い続けてずっと思ってたしずっと感じていたことでした。今回のミュージカル ドン・ジュアンは全部全部亡霊の策略によるものだったなっていうのが私の結論。きっと誰よりもドンジュアンに執着しているのは騎士団長で騎士団長がいちばんドンジュアンのことを愛していたのかなあとも思った。ま、そんなこと騎士団長は絶対認めないだろうけどね。
ドンジュアンに復讐したいなら愛じゃなくてもっと別の呪いでもかけて簡単に復讐できそうなのに、本当の愛を教えてやろうという気持ちがあるのはやっぱり騎士団長の優しさだったりするのかな。この物語の根幹である"愛"がまだよくわかっていなくて。未だにどうして愛の呪いで復讐するんだろうと思ってる自分もいる。まあここを責め始めたら終わりが見えないから考えないようにしてました、おそらくぐるぐる回って迷宮入りしてしまう。
ドンジュアンと騎士団長の決闘前、娘にお前は何もしなくていい。そこで待っていなさい。と言っているような首を2回横に振るのが大好きだった。あとは生き絶えてから手を伸ばして娘が間に合わないのも好きだった。 吉野さん今回の作品で実際に見るのは初めましてでした。(後で吉野さんのこと調べてたらバイオにも出演されてた、映像でしか見てないけど拝見はしてたみたい。) キャラクターも相まってだとは思うんだけど、そこに立っただけで成立する存在感にすごいな…と感じた。ほとんど特殊メイクみたいなメイクだったからちゃんとお顔が拝見できるのはドンジュアンとの決闘のシーンだけだったのが寂しかったな。あと単純にお歌もっと聞きたかったなあ。




イザベル - 春野寿美礼

すみれさんかっこいいー!!!って毎回幕間と終わりに叫んでました。すみれさんはかっこいい。
すみれさん、ロミジュリ以来だったのですが完全に虜になってしまった… 最速ラファエルが出ていないときはイザベル定点してた、エルヴィラを嘲笑ったり、酒場のマスターといちゃいちゃしたり、ドンジュアンの周りの女たちに嫉妬したり、本当に色んな表情を見せてくれてた。このセビリアの街で誰よりも色んなことを経験してきているから、笑って流せる包容力のあるイザベルだったな。
ドンジュアンへの愛は変わらず持っていて。叶わない愛、それでも愛することがやめられなくてセビリアの街を離れられないんだなっていうのを感じたし、笑って周りを見守っているようだけど隙があれば必ずドンジュアンにアピールするの、ほんとうに可愛いくて健気だった。
1幕3場/俺の名は でドンジュアンが話始めるとセビリアの女たちみんな酔いしれていくように動き出すけどいちばん最初に動き出すのはイザベルだったし、ドンジュアンを囲む女の輪から離れていても彼の声を聞くだけで勝手に身体が動いてしまうように踊り出すイザベルにもう理屈じゃどうしようもならないものすら感じてた。遠くで女とイチャつくドンジュアンのことを一瞬も目を離さないで見ていたり、その事実に傷ついて、でもそんな素ぶりすら見せずにすぐ笑顔に変えるの。ほんととにかく格好良い女なんだよなあ。
イザベル、自分の気持ちも現実も全部わかっているからこその「友人?馬鹿いわないで。」「ただの女。」「愛しているの。」って言葉、自分自信にも聞かせているようでそれでいてそんな自分を馬鹿みたいと思ってる自分もいる。なんだかそれがすごく切なくて、でもそれすら乗り越えたイザベルは凛々しくて格好よくて、でもどんなに格好よくてもやっぱり"ドンジュアンを愛する女の1人"って存在にしかなれていないのが切なかった。
すみれさん、ほんとに素敵なお芝居して可愛いって感じる瞬間もたくさんあって、でも凛々しさとか格好良さも備わっててもちろんもちろんお歌が素敵すぎてほんとうに魅了されすぎた…… こんな格好良くて切ないイザベルいないよ…… ロミジュリからしばらく会えないのかなあと思ってたけどこんなに早く会えるなんて思ってませんでした!ほんと嬉しかった!またすみれさんのお芝居みられますように!








ミュージカル ドン・ジュアンを見るのにあたってさっきも書いたけど宝塚版のドン・ジュアンも見て、比較ってわけではないけれど、ミュージカルの方見てからまた宝塚版を見たら私の中でもやもやしていたものが一気にすとんと落とし込めたからちょっと宝塚版のお話も入ってきます。


今回のドンジュアンは亡霊(騎士団長)のところでもお話したけど、彼が全てを握っているんだなっていうのが全体を通して見ていた印象だった。宝塚版は亡霊はただのきっかけにすぎなくて、人と人との出会いとか運命みたいなもの、それぞれの心の動きや流れからドンジュアンとマリアは惹かれ合ってしまうのがわかった。それが今回はどうしてもドンジュアンとマリアが惹かれあう理由がわからなくて。だからと言って、理屈じゃない何かも存在しないようだった。ただそこに亡霊の存在が浮き出るように、一際目立つ存在に意味があるのが見えてきた。ああ、これは全部亡霊の仕業で全部亡霊が仕組んだことだったんだなって。
騎士団長がドンジュアンに決闘で負けてしまうのもそれすら騎士団長の策略だったんじゃないかなって。考えれば考えるほどだいたい騎士団長のせいだなあ!騎士団長がドンジュアンに愛の呪いをかけたその日からドンジュアンの未来は決まってしまっていた。騎士団長はマリアに対して「彼(ドンジュアン)は君を選んだんだ」というけど、選んだのは間違いなくドンジュアンではなく騎士団長なんだよ。だって愛(と感情)を確実にドンジュアンの中に芽生えさせるように打ち込むんだもん。その相手がたまたまマリアだった。そして騎士団長の掌の上で転がされるように彼の駒になっていく。ラファエルがいたからマリアが選ばれたのだとしたらマリアもラファエルもあまりに悲劇。それでも選ばれてしまったのだからもうこの運命に従うしかないんだ。
ラファエルたち兵士が戦地の状況として目立った戦闘も起きていない、遊びに行くようなもんだって言葉。これ本当だと考えてて。騎士団長の思うまま駒を進めようとした時、戦地を悲惨なものにしてラファエルの復讐心を増長させた。悲惨な状況の中ラファエルが生きて帰ってこられたのも騎士団長の作るページの1つに欠かせないことだった。戦場のシーンの前、彼らを呼び出すのは騎士団長。それがよりドンジュアンを決まった未来へ導くために戦地を悲惨なものにしたんじゃないかと思わされてしまう。
2幕1場/変わる でドンジュアンに周りの人たちが自分とマリアとの愛を祝福してくれる笑顔を見せたり、2幕1場/呪い では逆に周りの人の憎しみのような誰も祝福していない顔を見せるのも亡霊なんだよな。亡霊が彼を操っているようにすら見える。宝塚版の 呪い ってマリアが少しだけ微笑むんだけど、今回のは一切笑わない。それが"亡霊がマリアを連れてきた存在"を際立たせてやっぱりお前のせいか〜ってなる。
考えれば考えるほど、やっぱりだいたい亡霊が悪い。

でも亡霊もドンジュアンに固執してしまっているから、結果みんな彼の魅力に惹きつけられてしまっている。ドンジュアンという男はそういう男。男も女も、心がある人はみんなドンジュアンの魅力という名の魔力に惹きつけられて離れられなくなるんだろうな。カルロだってドンジュアンに惹かれた1人の人だった。それが街で「悪魔のような男」と例えられた理由。唯一彼の魔力にかからなかったのがラファエルだった。だからラファエルにはドンジュアンを人間に戻す役割を与えられたのかなあと考えてる。
悪魔に捉われなかった人間は悪魔を人間に戻せるんだ。だからその役割を担えたのはラファエルだけだった。結局亡霊もドンジュアンの魔力にかかってしまった男だから、ドンジュアンを人間にさせるために彼の人生に手を差し伸べてるみたいだったな。ラファエル良く仕事した。もう肩の荷を降ろしてゆっくり休むんだよ。誰も自分のことを知らない遠い地でのびのびと暮らしてほしいな……






ミュージカル ドン・ジュアン、色々書いたけど私の感性的にやっぱり理解ができないというかわからないところが多々あったから、その点について考えるともう理解の及ぶ範疇を超えてしまって無理!ってなるのでわからないところは無視することにしてた。きっとその根幹であるこの物語の愛すらよくわからなくて、どうして愛のために死ななければいけないんだろう?という疑問はずっとあったけど、最終的にはいちばんはドンジュアンは人間になりたかったのかな、というところで落とし所を見つけました。
この作品に平間くんの出演が決まってから宝塚版を見てしまったから、宝塚版みたいなマリアのことも考えてるけどどこか物のように扱うラファエルも見たいなという気持ちは最後まで捨て切れませんでした。やっぱりいつかサイコっぽい、人外みたいな役平間くんで見たいな。目の前が真っ暗になったときの目きっと最高にしんどいと思うんだよ… だから刈谷公演で1幕のお芝居に怒りの気持ちを出してきてくれたのすごく嬉しかった。少しだけ見たかった姿を見せてくれた気がして。
こんな風には言ってるけど平間くんのお芝居の好きだなって思えるところがたくさん詰まってて、改めて平間くんの表現が好きだなって思ったし、これからもお芝居を見続けていきたいな、と思わせてくれた公演でした。


ほんとは大天使ラファエルと聖母マリアのお話もしたかったんだけど体力の限界だからまた気が向いたら追記するね!


ほんとにドンジュアン期間色々あったけど結果楽しんでたと思う!こんな長々とまとめてみたけどやっぱり終わった感じはしないから、どこか知らない土地でまだドンジュアンは続いているのかもしれないなあ……




*1:最近の作品では雑誌やネット媒体でのインタビューが出ることが多いので

*2:アンサンブルさんたちのSNSでにわかに聞こえてました

*3:ドンジュアン前に赤坂ACTでやってた公演けむりの軍団を見に行ったんだけど置いてなかった…

辺境の地で霧丸を語る






髑髏城の七人 Season月 上弦の月 ゲキシネがついに東京でも公開されましたわーいわーい!!
おめでとうございますおめでとうございます!!
これが…おれたちが愛した上弦…… と言わんばかりに上弦の魅力がめちゃくちゃ詰まってるゲキシネ… 編集が神がかっててる… ありがとう上弦、ありがとうゲキシネ、、
都内での公開がひと段落して、レイトしか今はないけどこの先も公開が続くから、ステマっていうよりは霧ちゃん刺さった人に霧ちゃん可愛いよね…って言いたいだけの記録。あとは激動の上弦をちゃんと残しておきたかった。ここでは書いてなかったからね。たくさん回って私は霧ちゃんのおたくになりました。




もう2年前になっちゃうんだなあ…と楽しかった2017→2018の月髑髏に思いを馳せてる。
確実に人生を狂わせた作品であり、私が平間くんのファンになった作品でもあって、髑髏城の七人 Season月 上弦の月は特別な作品。

改めてゲキシネを見るってなって気がついたのは平間くんのファンになって見る初めての月髑髏なんだってこと。月髑髏が終わってから何作品かで平間くんのお芝居をみて、平間くんの表現に触れてまた感じたことがたくさんあって、やっぱり上弦って最高…… と唸らずにはいられなかったからその気持ちを残しておきたい。
改まる必要もないけど、上弦ってとにかく最高でしんどくて辛くて生きる希望がみえて元気になってハイになって気がついたらまた荒野にいての繰り返しなの。合法麻薬とはよく言ったもの、人は上弦を摂取すると元気になる。インフルの予防接種よりインフルにならない薬なんじゃないか、その効果は多分あの時期足繁く豊洲にある関東荒野に通ってた人たちが証明してる。みんな異常なまでに元気だった。上弦ってそういう力というか効果がある。そして情緒が掻き乱される。何回みてもお腹いっぱいにならない作品、それが上弦の月だ。




とにかく捨霧が尊い

公演期間中から捨霧は尊かったんですけど、平間くんのお芝居のアプローチを経験した上でみる捨霧の尊さに私は今、震えてる。そして上弦のほんとうの姿を霧丸を通してちゃんと見ることができるようになったんじゃないかな、とすら感じてる。あの頃の私は今以上にぽんこつで、何にも知らなくて何も見えてなかったんだなと悔やんでる。


上弦の月は今まで使ってなかった感性というか、舞台の面白さを学んだ作品でもあったんです。だから人生が狂った。(n回目)


初めての髑髏が花髑髏で、ムチ打たれたように身体中に激震が走ってこんなに面白いエンターテイメントがあっていいのか!?と衝撃だけが残って放心状態になった私と髑髏との出会い。気がついたらまた次のチケットを探し始めて気がついたら豊洲に通う身体になってた。この頃って戯曲の面白さしか見えてなかったんだろうなあと思う。髑髏城の七人がおたくの心に刺さるのはその空白の多さもひとつあるけどその空白がまだ見えてなかった。
かずきの書く台詞を浴びる気持ち良さがあって、展開の早さに置いていかれることなく乗っていられる楽しさで通ってたなあって今は思う。この空白が見えるようになった瞬間に舞台の面白さを感じたの。それをね、ダイレクトに感じられたのが上弦の月だった。
あ〜私、気がつくのも見えるのも遅すぎ。
それでもこの感性が少しずつ少しずつ顔を出して後半のしんどさに楽しくてたまらなくなって終わったんです。

このね、空白をいちばん最初に感じさせてくれたのがひらきりちゃんだったんですよ……
あの小さい手にたくさん熊木衆の仲間との想いと思い出とそれを全部手の中に込めて1人生き残って戦う。熊木の仲間に愛されて、仲間を愛して、仲間が家族になって熊木で笑いながら仕事してる霧丸が見えた時にああ、役者さんってすごいなって単純に思った。こんなに後ろにある物語が透けて見えたことが初めてだったからなんかこう、世界が変わったみたいだった。大げさかもしれないけど、私にはそれくらい大きいものだったんだよな。
「血塗れの手も三途の河で流せばいい」って太夫の言葉に自分の手を見つめながら聞く霧丸の込み上がる感情に無界での出会い、捨との出会いが大きく霧丸の中に刻まれていて。この先どうしようっていう不安とか迷いとか、仲間を失った悲しみ、霧丸にとっての血塗れの手は復讐に燃えてしまったことなのかな、あれだけ仲間のことを思って行動していたのにって霧ちゃん強いけど弱い姿も見えて気がついたらもう好きだった。
こんなに繊細に作り込んで、どこを切り取られてもずっとその役でいられる彼に魅了されたしなにより新しい霧丸(沙霧)像だったんだ。もう好きになるのは決まっていたような、天に導かれるように惹かれていったのかもしれないなあ。板の上に立つからにはずっとその役でいることなんて当たり前なんだけど、細かいところまで緻密に作り込まれた霧丸の姿に目が離せなくなってた。


前置きが長くなったけど、改めて平間くんのファンになってから上弦みたらもう捨霧がたまらなく愛おしくて尊くてたまらなくなったんですよ。
お互いがお互いを輝かせるような2人なんだよなあ捨霧って。
個としての輝きはもちろんそれぞれにあるけれど、それ以上に2人が揃ったら考えられないくらい光輝くの。粒子が放たれる。その輝きはお互いを高め合うような、そんな存在なんだよ。捨には霧ちゃんが必要だし霧ちゃんにも捨が必要なんだよね。なんかやっと腑に落ちた。
復讐に燃える霧丸の目に光を灯すのは捨之介で、生と死の境すらわからなくなって目の前が真っ暗になってしまった捨之介の目に光を灯すのは捨之介自身が救った霧丸なのめちゃくちゃ最高じゃありません?
暗闇の中を叫びながら暴れてしまう捨の道しるべになる霧丸…… 暗闇の中から一筋の光の道を照らしてくれたんだね…… この2人、出会うべくして出会ったと思うし最後捨之介が生き延びれたのは確実に霧ちゃんがいたからだと思わせてくれるのがすごく、良い。この捨之介の道標になった光は最初に捨之介が放ってたのとおんなじ光なの、その光を受け取った捨之介に「生きてこの城から抜け出して、また会うぞ!」って言わせることができる。目から出る光が希望に満ちていて救えるって信じているの。そして「わかった!」って叫ぶ霧丸のなんと美しいことよ……


霧丸は熊木衆で仲間に愛されて、仲間を愛して育ったんだなっていうのが至るところに散りばめられているのが好き。復讐をするのも"仲間のため"だしこれから生きていこうと決意できたのも"仲間のため"。今までは必ず隣に誰かがいて、霧丸にとってはそれが当たり前だったから、1人になるとどうしたらいいのかわからなくなっちゃうんだろうな。髑髏城内では人を信じる信じないの騙し討ちに熊木衆が負けてしまったわけで。もう誰も信じないと決めて髑髏城から飛び出してきたけど1人だと不安でいっぱいだし進むべき道がわからなくなって選んだ道が仲間の復讐だった。誰かのために生きてきた霧丸だったから自分のことなんて考えていなくて、そんな周りも見えなくなってしまってる霧丸にもう一度人を信じること、熊木の血を残せるのは霧丸しかいないことを教えてくれるのが捨之介と太夫、そして無界の人たちなんだよな。
誰も信じられない霧丸に真正面から目を見てしっかり話をしてくれる人がいたから霧丸は前を向けたんだよなあ。人を信じることができる、仲間ができた霧丸から発せられる輝きは比にならないくらいきらきらしていて。舞台の上で本当に"面付き"が変わる平間霧丸ほんとうに天才。仲間がいることによって人を強くさせて大きくさせることをちゃんと教えてくれた。
そして、きっと初めて自分の意思でこの人のために城を作ると決めた最初の城は捨之介のためのでっかい傘なんだろうな〜






ここで霧丸の中の人、平間壮一さんのお話を少し。
公演が終わってから髑髏城の七人をやるにあたって、平間くんが大切にしていたことが「自然体でいること」とお話されていました。
この"自然体でいる"っていう言葉通り、1回1回を新鮮な気持ちでちゃんとセリフを聞いてその時の感情で自分の気持ちを、セリフを繋いでいったんじゃないかなって。公演期間中におたくを驚かせた平間くんの天才的な台詞変更の数々… 思い返しただけで鳥肌が立つくらいすごかった。物語から逸脱せずにここまで言葉を変えることができるのかって、これが私が感じたいちばんの自然体を表現していた平間くんなのかなあって思ってる。
ゲキシネの中にも剣布にトドメを刺されそうになるあの台詞「そうやって俺たちの仲間も、家族も殺したのか!」のこの家族もこの日のアドリブなんだよ、おたくがざわついた"家族"ってワード。平間くんだからこそ出たし一気にしんどさを持たせるパワーワード。これを残してくれたのほんとに感謝してる…
最後の兵庫のプロポーズ後のゲキシネだけは声だけ残ってる「兵庫、格好良かったぞ!」もあったりなかったりのガチャだったし。
映像班に混ざってる舞台班の1人だったからライビュの日はどうなるかな…って少しだけ心配してたけどそんな心配吹き飛ばすくらい爆弾たくさん置いていってくれたのほんとうに嬉しいありがとう平間くん!!
いつか平間くんの口から霧丸をやってた時のお話を聞くのが今の私の夢です!苦しかっただろうけど楽しい思い出になっているといいなあ……


公演期間中のアドリブというか即興台詞変更で個人的に大好きなのが捨之介が俺が囮になるのとこ。霧丸後半戦で「あんた、地の男なんだろう?」を「お前言ったよな、俺に地の男だって!」に変更してきたところですね。もう毎回鳥肌もんだったし霧ちゃんの熱意をものすごく感じた…
霧ちゃんのおたくとしては前楽の「よく聞け!」も語り継いでいきたいんだけどあれはなんかもう、ふわふわになってしまった演者と客席みんなを物語に引き戻す喝だったから、ほんとすごかったんだよ前楽…としか言いようがない。けど語り継ぎたいから書いといた。たまに思い出しては鳥肌が立つあの喝。大好き…


自分のやりたいようにのびのびと仕事させてもらって周りから愛されて育った霧丸、周りのことよく見えてて賢いんだけどそれだけじゃなくて可愛い一面もたくさんあるんだよってこと最後にちょこっと書きますね!!

  • 巷で話題になってる色里霧ちゃん。「無界の里?あれはこの街1の色里と聞いたが?」に「いろざとぉ?」ってなる霧丸。公演中は色里を知ってて嫌がったり色里にデレデレしたり、色里知らない霧ちゃんもいたんですよ〜!ゲキシネは確証ないけど多分色里知らない霧ちゃん。諦めて「行くなら早く行け〜」って連れられて叫んでるのはちゃんと音入ってて身体もめちゃくちゃ力抜けてるの可愛いからよかったら見て!そこから繋がる無界に入る時の霧丸、色里知らなくてどんなところかわからない怖さからなのか捨之介の着物の袖持ちながら入ってくるんだよ… これは私もゲキシネ見て気がついた。ほんとに可愛いね、霧ちゃん……
  • 水車小屋の渡京に捕まる時、「遠近法を無視したこんなやり方に〜」でちゃんと後ろの絵みながら遠近法確認してるんだよ。
  • 月見の宴で自分の手を見る→楽しそうな笑顔で踊ってるみんなを見る→蘭兵衛を見つけるって流れなんですけど、引きなんだけど楽しそうに柵にもたれながら笑う霧丸に本当の姿を見たような感じになれるよ。霧丸は笑顔がよく似合う。
  • ボコられ霧ちゃん!!2幕、後ろの蘭兵衛もいいけど天魔王にボコられる霧ちゃんも見て!あの、喧嘩のプロ2人による最高に贅沢タイム!!!天魔王の殴り方も霧丸のふっ飛ばされ方も全てが調和しておる。(贋鉄斎ボイス) ちなみに途中で気を失う霧ちゃんは途中から入った演出です!初めて見たときはびっくりしたよ…… ビンタして起こす天魔王様、殴る前にブルブルする天魔王様、とんでもヤラれ役の霧ちゃん。こんなハイレベルの喧嘩見たことないから目に焼き付けて損ないと思うよ…
  • 兵庫に飛び蹴りする霧ちゃんの美しさ
  • 「百万点満点だっ!」っていう贋鉄斎の言葉に指折り何点か数える霧ちゃんもいたんだよ
  • 大阪城の絵図面の鍵を握る暗号を要求される時にそっと逃げようとする霧ちゃん
  • 金500枚持ってきた鉄騎兵に「すげぇ!」って喜ぶ霧ちゃん。これ日によって鉄騎兵に「ありがとう!」ってフライングありがとうしちゃってたり、「金500枚ってこんな重いのか!?」ってびっくりしてたり可愛い霧ちゃんが増産されてました
  • 泣いてる捨之介を指さして「何泣いてんだよ〜」ってやり取りしてる

気がついたら可愛いだけじゃない霧ちゃんも書いてしまったけどゲキシネ写ってたり写ってなかったりするので何回か見て余裕でてきたら見てほしいな〜って箇所ばっかり!天蘭も良いけど捨霧もぜひよろしくお願いしますね。




これからも色んなところで上弦の月公開続くと思うのでまた時間見つけて見に行かなきゃ!ゲキシネもちゃんと劇薬だから見たら元気になれるよ!また、気がついたら関東荒野にいるんだろうなあ…





5つ全部解禁されましたね




S×?の公演の最後に「この後、来年から2020年にかけて、まだ発表できていないお仕事が5つあります!みなさん楽しみにしていてください!」と嬉しそうにお話をしていた日から半年。(恐らく)その時控えていた5つ全てのお仕事が発表されました。

どんな作品がくるんだろう。作品じゃなくてイベントとか?って色々妄想しまくったけど、そのどれもが私の想像を上回るもので平間くんがだんだん大きくなっていくのを感じたし、クレジットの名前の場所が上になっていってて、発表されるたびに嬉しくて誇らしくて、でもちょっぴり寂しくて。寂しいって書いたけどその何倍も嬉しい気持ちの方が大きくて。
あれから半年経ってその1つ目が動き始めていて、また新しい姿を見ることができること、どこに行っても平間くんのお芝居のスタンスが変わっていなくて嬉しいこと、素敵な景色を見せてくれること。そのどれもが嬉しくてあ〜平間くんのこと応援できて幸せだな〜って感じてる。


ミュージカル ショーケースの時点ではまだ黒白珠しか発表されていなくて。植原さんだったか水田さんだったかが「まだそれぞれ発表できてないお仕事もありますので、応援よろしくお願いします」って言ってる横でしっかり自分の記憶と照らし合わせながら指折り4つのお仕事を数えて嬉しそうにその手を見せてくれた平間くんの笑顔に、その空間は平間くんと平間くんのファンにしかわからない暗号を伝え合っているみたいで嬉しかったんだよな。

あれからまだ3ヶ月しか経っていないのに残りの4つ全部発表されちゃって頭がぐるぐるしてる。
発表されたどのお仕事も夢みたいに大きい作品で。作品自体が発表された時は「わ〜こんなのやるんだ!機会があったら見に行きたいな〜」くらいに軽く記憶に留めておくか。くらいにしか思ってなかったからほんとにびっくり。え!私これ観に行くの!そんな予定してなかった!っていうのが本心。びっくりした時に出ちゃう本音。ドン・ジュアン、ホイッスル・ザ・ウィンド、ヘアスプレー。どれもすごいミュージカルだしまず共演者がやばい。いろんな意味で。
そして結局ぶち当たる壁がチケット戦争になってしまうわけで。チケット取れない公演はロミジュリが最後かな…とかぼーっとした頭で考えてたらロミジュリはまだまだ序の口でしたね、まさかこの夏にまた戦争に勝たないといけない案件が舞い込んでくるとは…… 幸せな悩みなのか、行きたい公演にすっと行けないストレスが溜まるのか。とにかくみんな頑張ろうね……


実はドンジュアン発表前、最後の1つはRENTでエンジェルちゃんみられるかな!?なんて期待していたんですけどまさかのドンジュアンでびっくりしました(笑)
エンジェルちゃんに会ったことがないから"ただエンジェルに会いたい"一心でRENTこないかなって思ってたけどそんなに世間は甘くなかった。平間くんに出会えたタイミングは本当に自分でも最高のタイミングだったと思うから、いつか見れたらいいなと思っていたマキュを見れたことが本当に奇跡だと思ってて。でもやっぱりエンジェルちゃんが見たいって気持ちは消しきれないのでまだキャスト発表されていないことを良いことにそっと願っていようと思います…


平間くんに出会って1年が経って、そのきっかけになった作品が髑髏城の七人で、その時がストプレ*1で。もちろん踊ってる姿とか歌ってる姿とか好きだけどきっかけになった"お芝居"を1年間見続けることができてこのあともお仕事が決まっているのって当たり前なんかじゃなくて、色んなものが巡り合わさった奇跡みたいなもので。また1年経ってストレートプレイって形でお芝居を見れてる今がすごく楽しくて、やっぱり平間くんのお芝居がとても好きだ〜!と思わされる日々、幸せです。
この奇跡に感謝をしてまた平間くんのお芝居を見に行けたらいいなって思いました。


舞台の上で"普通でいること"、その時の感情を大切にしているお芝居は見ていて毎回違った感情が出てくるから、それが単純に楽しい。そしてそれはまた平間くんの凄さだよな、とも思う。だからもっとたくさん見たいって気がついたら予定よりもたくさんチケットが手元にあるんだよな。
こんな風に思わせてくれるのも細部にまでこだわった平間くんのお芝居があるからで。どんなに不安な言葉を口にしていても幕が開いて舞台の上にいる姿は当たり前なんだろうけどそんな不安なんて吹き飛ばしていて。お芝居のクオリティと役に対する解釈、細部までしっかり考えて作っているのがわかるから、何も心配なく初日を迎えられるんだ。この安心って本当に大きくて。これがあるからこそ初日のわくわくは「どんなものを見せてくれるんだろう」っていう中身のわからないプレゼントをもらった時の感覚と似ていて。クリスマスの朝に丁寧に包装されたプレゼントを開けている時のわくわく。そんな気持ちにさせてくれるのは信頼がないとでないから。ここまで信頼できているのは初めてで平間くんのファンとしての誇りの1つ。不安な気持ちを抱くことなく初日を迎えられること。そして公演を重ねていくたびに進化して、揺さぶられる感情のジェットコースターに身をまかせる楽しさがあるんだよな。




平間くんってたまにふっといなくなってしまうような雰囲気をもっているような感じがして。どんなに大きなお仕事が決まってもやっぱりその気持ちを拭いきることができなくて。いつまでお芝居してくれるんだろう、とかふとした時に考えてしまう。
今まで私が応援してきた人たちが"永遠"を約束された人たちではなかったから尚更なんだろうな。いつ居なくなってもおかしくないような人を応援していた期間が長かったからっていうのもあるのかもしれない。
だからこそ新しいお仕事が決まると嬉しい気持ちとほっとしてる自分がいる。この作品まではお芝居してくれるんだって安心する。どこかでこれが当たり前じゃないことをわかっているからなのかな。だから後悔しないように平間くんのお芝居を、新しい姿を目に焼き付けておきたい。そんなことを考えたり考えなかったりしながら感謝の気持ちで胸をいっぱいにしてまた劇場に足を運びます。


人との巡り合わせも、作品との出会いも、役者との出会いも一期一会なんだよね。好きだなって思える作品に出会える度に思う。こんな奇跡が巡ってきたことで私の人生ハッピーだし仕事も頑張れるからチョロい。
楽しいことは人生のスパイスだから、私にとって楽しいことをとことん楽しんで生きていきたいじゃん!?だから平間くん、これからもよろしくお願いします!





*1:新感線の作品ストプレっていうのかはわからないくらいエンターテイメントだけど歌わないし多分ストプレだよね

不器用でも精一杯に




あれだけロミジュリの話をたくさんしておきながら、まだ話し足りない。ので話足りないこと全部話そう、という意気込みで勝手に1人で楽しい時間にするだけのブログ。つまるところここは自己解釈と妄想の塊。(以下、名前など正式に話してると余計に長くなるので基本的に省略させてもらってます。) 私はもうロミジュリを知らなかったあの頃の私には戻れないし、平マキュを知らなかった私にも戻れない。

物語、各キャストさんについてはこちら
sknznznzn.hatenadiary.jp




なんでこんなにハマったんだろうって考えてたんですけど、若さ故の煌めき、みたいな。若さだけで突っ走ってしまう物語、めちゃくちゃ刺さるし大好きだったことをロミジュリ期間中完全に忘れてた。大人に振り回されてはいるものの、若いから自分の感情に盲目的で、自分を抑えられなくて、周りが見えなくて、走り出してしまう。不安定さが創り出す関係がより"若さのもたらす強さ"を感じて命の尊さとか、儚さとかが煌めいて心に刺さる。ここに出てくるキャラクターはみんな不器用でそれでいて真っ直ぐで。全力で生きてる若者のお話。
当初の予定ではロミジュリにこんなハマる予定じゃなかったんですよ、なんなら苦手だったらどうしようくらいに構えてた。けどこの物語の持つ若者の強さに惹かれたんだと思うと本当に出会えてよかった!って一言に尽きますね。

個人的ロミジュリベストアクトは3/8ソワレと4/3、4/7でした。どの公演もそれぞれに違った顔を見せてくれていたんだけど、その中でもマキュのロミオへの気持ちが強く出ている回が好きみたい。ロミオへの気持ちが強くなればなるほど、自分への傷つけ方が大きくなっているようで。4/3の公演を収録してくれてありがとうございました!私が見た中であの日だけが唯一ティボに敗北した日だったんですよ。敗北って何って思うかもしれないけど、マキュがティボに負けるんだよ。あれがまた見られるの、世界すごい。そして願うはそのままカテコが映像で残ることですね… あの日の興奮は忘れない…… 引きの悪い私が推しのカテコを引けた奇跡…… ちなみに特別賞*1は3/24 ソワレです。あの日のマキュはなんだったんだろうね…… とても好きです。




《目次》




1.世界の王は俺たちなんだ

世界の王ブリッジ、初めて見たときこのシーンは必要か?って思ってた自分がいたけれど、平間くんを推していて、目の前ですごいものを見せてくれていることに気がついて最速ご褒美タイムとなりました。ありがとう。世界の王ブリッジ大好き。(単細胞) そしてマキュだけ踊らない選択肢もあったはずなのに最後までやり遂げてくれたまりおくんにはとても感謝してます。ありがとう。みんな一緒のセリフはあるものの、ほぼほぼ無音ダンスみたいなことしてるから、それを普通にやりきってしまう平間くんにこの人のダンスと表現をもっと見ていきたいと改めて思ってしまうんだな。「どこだロミオ、どこだロミオあ〜どこだ〜」で顔あげた時のTHE平間壮一のお顔が可愛いくて、なんでも好きなものあげたくなっちゃうね!

大阪中盤くらいから平マキュちゃんの「お前ら(ロミオを)探せ〜」が可愛い日替わり入れてくれたので私のリサーチできた範囲のまとめ。(抜けがあったら誰かこっそり教えてください)

3日 :「一生懸命探せ〜」
7日 :「適当に探せ〜」
10日 :「甲高い声で探せ〜」
12日 ソワレ :「低い声で探せ〜」
13日 マチネ :「素早く探せ〜」
14日 :「可愛く探せ〜」

……マキュちゃん、可愛いな………

マキュのお話をしたいと思うと必ずつきまとうのが彼の家柄の話。彼は大公の甥なのでモンタギューの血が流れていない。そんなマキュが大きな声でモンタギューを名乗っているのは、自分が誰よりもモンタギューであろうとしたからで。だから必要以上に家柄、血縁というものを気にするし、それでもモンタギューでないマキュはロミオとベンに対して見えない壁を感じている。2人に対して「お前らマブダチだろ?」って言葉をかけるマキュはマブダチには入れていないと思っているのか、本当の意味でのマブダチにはなれないと思っているのか。

マキュ:そんなんで、モンタギューの跡継ぎが務まるのか?

ふとした、ふざけているような時でもロミオの立場と家のことを口にするマキュはモンタギューとロミオの未来を大切に思っているからで。マキュは自分の選択でモンタギューにいることを決めた。ただモンタギューにいるだけではなくて、跡継ぎであるロミオを支えることでここに存在できていると自分に課している。だからクドすぎるくらいに家の名前に執着する。自分はどんなに大きな声で叫んでもモンタギューにはなれないから。これがマキュがいちばんロミオとベンに大きな壁を感じているところでもあって。

ベン:いいや、ロミオはヴェローナの帝王になるんだ。心優しい王様にな
ロミオ:いいや、王になるのは、俺たち全員だ

このベンの言葉に笑顔を浮かべきれないマキュは大公の家の者だいうことを忘れてなんかいない。それでも、ロミオとベンと一緒に「大人に負けない、この世界は俺たちが創る!」と3人が胸を張って真ん中に立って笑顔で叫ぶ姿に新しい世界を切り開いていける力と希望が溢れ出ている。ロミオとベンと3人でそんな未来を作りたいから、マキュはモンタギューにいるんだろうな。眩しいくらいに輝く3人と仲間の笑顔に、ふと感じたマキュの気持ちの揺らぎすら消されてしまう。3人が揃った時のパワフルさとか、馬鹿さ、くだらなさがモンタギューを支えているもののひとつだから、ロミオもベンもマキュもみんなモンタギューに必要で大切な存在。それにマキュは気がつけていないのかもしれないな。知らんけど*2だから大きな声で叫び続ける…… マキュってめちゃくちゃしんどい……






2.マブの女王って何者なんだろうか

ロミジュリのパンフレットを見ながらそれぞれの曲のタイトルに目を通しているとどうにも腑に落ちないタイトルの曲があって。それがマブの女王でした。
世界の王のあと、ロミオ、そしてモンタギューの仲間をマキュがキャピュレット家で行われる仮面舞踏会に誘う曲。この曲のタイトルってどうしてマブの女王っていうんでしょうね。
そもそも、マブの女王とは__

アイルランドイングランドの民話で人の夢をつかさどる妖精

と言われております。
シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」の中でマキュのセリフとして出てくる言葉。この戯曲の中でキャピュレットの舞踏会へ行くのに気分が乗らないロミオを説得する時のマーキューシオのセリフに出てくる。マキュのみた夢の話。その話を始める時に「マブの女王と一緒に寝た」という。そしたらこのマキュの曲って夢の話なのか?と思うけれど夢の話ではない。でも今起こっている現実の話ともまた違って、未来の仮面舞踏会の話をしている。結局は仮面舞踏会で女を落とそう、ロミオももう少し恋で遊ぼうよっていう話で、マキュのおたく的にはご褒美タイムでしかないんですけど。どうしてこの曲のタイトルがマブの女王って言うんでしょうね…(2回目)
そんなこと考えてたらロミジュリの公演中に本屋さんでこんな本を見かけました。読んでみると結構面白かった。

「決定版 快読シェイクスピア(新潮文庫)」
www.amazon.co.jp

ここでこの本の紹介しておいてどこまで内容に触れていいのかわからないからあんまり触れません。でも気になった人いたら読んでみてほしい!マキュの解説めっちゃしてくれてて平マキュのアンサーをみた気分になれるよ!(笑)
これを読んで、マキュが感じているマブの女王への気持ちが面白いなと思った。マキュはマブの女王が好きなのか嫌いなのか。「マブの女王と寝る」とはどういうことなのか。このミュージカル ロミオ&ジュリエットに関してのマブの女王と戯曲のマブの女王の立ち位置って全く同じではないけれど、これを読んだあとにロミジュリを見ていたら、”マブの女王と寝たことがあるマーキューシオ””マブの女王と寝たことがないロミオ”というマキュの感じているロミオとの壁がまたみえた。マブの女王に対するマキュの気持ちは好きでもなくて嫌いでもなくて。もしかしたら死のような存在として見えていた、感じていたのかもしれない。見えない者に対する恐怖みたいな感覚。それがマキュにとってのマブの女王。その場に1人でいるのが怖いからロミオを連れていきたくて。仮面舞踏会に誘ってロミオが答えを出すまでの短い時間、すっと真顔になるマキュ、「必ず来いよ」と念を押す姿にロミオにも自分のいる世界に来てほしかったのかもしれない。こういうところに楽しい時間の中でもマキュの抱えている孤独をふと感じる。
マキュからの誘いを受けてロミオが感じている見えないものへの恐怖を口にするのが"僕は怖い"で。これはマキュが感じていたマブの女王と感覚が似ているもの。マキュはマブの女王として感じていたものがロミオには影のような暗いものとして感じている。ロミオの「愛を光のように待ちわびる明るい陽の顔」とマキュの「争いの中で憎しみの気持ちを募らせる陰の顔」。それがここのマブ~僕は怖いの間は、それぞれが感じている見えない”何か”に対してマキュの「楽しく、華やかなもの(=マブの女王)として語る陽の顔」とロミオの「黒い影のような恐ろしいもの(=死)と感じている陰の顔」と逆の感情で写し出されている。ロミオとマキュ、同じ場所にいるようでいなくて、いないようでいるように感じるのはこういうところなのかもしれないな。






3.真っ直ぐな目を向けて肯定するほど儚く散っていく言葉たち

ロミオが神父様にジュリエットとの結婚式を挙げてほしいとお願いをする時の曲「愛の為に」。ヴェローナの街でモンタギューやキャピュレットの家どちらかに偏ることのない神父様だからこそ見えているものがたくさんあって。争いの続くヴェローナの今、そして未来を予言しているような神父様の言葉に対して真っ向から「愛があれば」と説いていくロミオの姿にこの結末を知っているからこそ聞いていて辛くなってしまう。もちろん、神父様はロミオのことを思ってかけている言葉たちなんだけど、偏屈な聞き方をし始めてしまったらこんなにヴェローナの若者たちのことをわかっているのに、どうしてこんな結末になってしまうのだろうとひたすらに辛くなるだけだった。「愛故に」という言葉がこんなに牙を向くとは思わなかった。そんな偏った聞き方をしてしまった話です。

愛故に人は 道を誤る
愛なしで人は生きていけない

マーキューシオの選んだ道は正しかったのか、間違っていたのか。それは誰にもわからないことだし、誰よりもマキュ自身がモンタギューの家の名をロミオの代わりと言ったら聞こえが悪いけれど先頭に立って叫び、そして戦っている。そんな彼の選択は正しいことではなかったのかもしれない。それでも、ロミオのそばで守るという愛があるからこそ、この道を選んでいる。
それに対してロミオは首を横に振りながら笑顔を浮かべて答える。「愛なしで人は生きていけない」ことがわかっているのに、マキュからの愛に気がつかずに走った結果、ジュリエットよりずっと一緒に近くにいたはずの人を亡くしてしまう。ジュリエットなしでは生きていけないのと同じようにマキュもロミオなしではもう生きていけないんだよ。

愛故に人は 悩み苦しむ
彼女のためなら死んでもいい

ジュリエットへの気持ちを隠しながら、キャピュレットの跡継ぎとして必死でその場所に立っているティボの葛藤は彼女への、そしてキャピュレットへの愛があるから。どこかに今の自分の居場所に疑問を感じていたりもするけれど、それを隠してキャピュレットにいる彼は現実と理想の間で苦しんでいる。
血、家柄というものに縛られているティボと、名前、そして命すらも簡単に捨てると言えてしまうロミオにこの2人の間に大きく隔てる"自由"という壁の大きさがみえてくる。ロミオが必死に想いを告げれば告げるほどティボがより孤独に哀しく写ってきて辛い。

愛故に2人は 重荷を背負う
彼女のためなら 何も怖くない

最終的にロミオを死なせてしまうきっかけを作ってしまったベンヴォ―リオ、そしてジュリエットの想いをわかっていながらパリスとの結婚を勧めてしまったせいで彼女を死なせてしまうきっかけを作ってしまった乳母の2人。この物語の結末は両家の和解で終わるけれど、生き残った人たちの生活はこれからも続いていくわけで。ロミオとジュリエットを死へ導いてしまう鍵を回してしまったことをこれから重荷として背負っていかなければならなくなる。この行動も2人はそれぞれロミオ、ジュリエットを想ってかけた言葉であり行動で。愛があったからこそかけた言葉であって。そんな重荷を背負わせてしまう恐れすら感じていないロミオが真っ直ぐで純粋で。
それぞれヴェローナの若者にある葛藤だったり苦しみを真っ直ぐな目で愛があれば乗り越えられると言葉を紡ぐロミオにロミオとジュリエット / ベン、マキュ、ティボ、乳母の抱えるものの壁を感じて辛くなる。ロミオがジュリエットのことを想って時に天使のような笑顔を浮かべながら真剣な眼差しで神父様に言葉を投げかければ投げかけるほど、一緒にいる仲間とその未来を真っ向から手放してしまっているようにみえて辛い。

2人の愛が実った時 この街にも訪れるだろう
平和が 愛故に

2人の愛が実った時にはロミオの願い通りヴェローナの街に平和が訪れる。ただその街にはロミオはいなくて。ロミオの夢見た世界はロミオが見ることができないと思うと、この曲、未来の平和と愛を願う明るく前向きな曲のはずなのにどこかロミオとは住んでいる世界が違うような曲に聞こえてしまうんだ。






4.綺麗は汚い、汚いは綺麗の景色

タイトルをここまで書いてしまうとロミジュリなのかマクベスなのかわからなくなるの、単純に面白いよなあ。個人的に、年末までステアラでぐるぐるしていたのでUFOのくだりあたりからなんだか不思議な世界にきたような気分で観てました。「綺麗は汚い、汚いは綺麗、ただし俺以外!」って半年強聞いてきて、まさかヴェローナでも聞けるなんて思ってなかったからね。ロミジュリのお話です。
この歌詞がまたロミジュリの世界観に合っていて。まさに、綺麗は汚い、汚いは綺麗、ただしロミオとジュリエット以外!なんだよな。
ロミオを訪ねてくる乳母に対して俺がロミオだ!というベン、マキュ、モンタギューの仲間たちの姿にこうやってロミオは自分が知らないところで仲間に守られていたんだなと感じる。みんなにとってロミオは世界の王であって、大切にされていた。ロミオには「綺麗は汚い、汚いは綺麗」の世界を見せないようにしていた。ロミオにとって綺麗なものは綺麗で、汚いものは汚い。その世界でしか生きてきていないから。それで良い。良いことは良いし、悪いことは悪いこと。純粋にそれを信じて生きてくれれば良い。そして「綺麗は汚い、汚いは綺麗」の世界が見えるのは俺たちだけで良いと思っているベンとマキュも格好良くって。これがごく普通のモンタギューの日常のことで。ベンがSNSを見ながらくだらないなって笑うマキュの姿、目新しいものがあると誰よりも早く飛びついてしまうマキュ。ベンもマキュも普通の若者で青年なんだよな。背負っているものが大きすぎてたまに忘れてしまう。
恋や愛は簡単に冷めるもの、と言いながら、盲目な恋を痘痕のえくぼと例える。それだけロミオのことを落とすのは難しいとみんながわかっているから言葉にするけれど、乳母だけはロミオが恋に落ちていることを知っているのが寂しくも見える。誰にも相談せずにジュリエットとの結婚を決めたロミオだから、彼がそんなに大きな恋をしていることすら知らない。乳母から聞かされていても信じられないのもまたロミオをよく知っている仲間だからで。それでもベンとマキュに相談せずに話を進めてしまうロミオは気がついていないところで少しずつ2人と距離をとってしまっているんだよな。






5.鏡合わせのような2人 〜平マキュとヒロティボのお話〜

この2人を見ていると、鏡合わせのようにお互いが自分の姿を相手に写してその姿に憎しみや怒りという感情を向かわせているようにしか見えなくて。平マキュとヒロティボ、見れば見るほど双子みたいに、同じ時を一緒に過ごしてきたかのような親友のようにみえてしまう。それくらい、執着しているものだったり仕草、感情のベクトルがそっくりで。つまるところここは私の純度100%の妄想の話です。

マキュは大公の甥って話(n回目)は色んなところでしてるからいいとして。ティボはキャピュレット夫人の甥なんですよね。キャピュレット卿がキャピュレット家の本筋である、と仮定*3して考えるとティボは跡継ぎとは言われているけれど本筋のキャピュレットの血は引いていない。キャピュレット夫妻の間に男が生まれなくて、キャピュレット卿の親戚に男がいなかったからティボルトがキャピュレットの跡を継ぐしかなかった。本来なら自由に過ごせたはずだったのに、結果として家柄、血縁というものに縛られざるを得なかった。

復讐の手先になんか なりたくはなかったんだ

子供の頃に思い描いていた未来の自分とその描いていた未来にいる全く違う自分。キャピュレットの跡を継ぐということは、すなわち憎しみの矛先であるモンタギューを倒さないといけないことで。大人に振り回され、そして大人の駒になってしまったことを感じて"復讐の手先"という言葉でしか自分を表現することができない。それでもモンタギューをみると拳をあげ、ナイフを掲げてしまうティボは大人に作り上げられてしまったティボルトなんだよな。ううう、ティボルト…し、しんどい……

奴は俺を昔から 蔑み憎んでる
格好つけた臆病者 残忍な人でなしだ

自分の家だけに縛られることがなく、自由に選択をしてモンタギューにいるマキュと、選択肢すらなくキャピュレットの跡継ぎという大きなものを背負わされてしまったティボルト。マキュは自分もいつかは1人で上に立つ人間にならないといけないと思っている未来の自分の姿をティボに写し、ティボは自由に生きることができていれば、と理想の自分をマキュに写している。お互いの姿をお互いに写し合ってはその姿と現実の自分との違いに嫉妬し、憎しみという気持ちを募らせた言葉たち。
この"昔"の示す過去が平マキュとヒロティボになると遠い昔の話ではないように聞こえたのはきっと2人はお互い家柄にも血縁というものにも縛られることがなく、親友のように仲良くしていた頃があったからなんじゃないかな。それがキャピュレットの跡継ぎがティボにということになってしまったことでいきなりティボは大きな荷物を背負わされてしまった。そのせいでマキュと距離ができたのかもしれない。知らんけど。
2人のナイフへの執着の仕方が似ているのは昔遊んでた頃のおもちゃがナイフだったのかもしれない。少し大人になった今そのナイフは自分と、そして家を守るため、また自分を落ち着かせるためのものに変わっていて。街に噂がで哀しみ悔しさが募ってくるとすぐにナイフを取り出し見つめるマキュの姿。本当の俺じゃないでナイフを握りしめながら崩れ落ちるティボの姿。2人とも何かあった時にすがる場所が同じで。
双子のように似ていると思うのも、それぞれの仕草があまりにそっくりだったから。「憎しみ」でモンタギュー夫人の話を面倒くさそうにするマキュが耳の穴をほじるような仕草をするけれど、ティボもキャピュレット夫人に対して同じ仕草をする。また、次から次へとナイフを出して見せるマキュに対してティボはナイフをじっと見つめる。

マキュとティボがそれぞれ大切にしている相手がロミオとジュリエットなのもまた鏡に写し合わせたように似ていて。彼らにとっての光はロミオとジュリエットであったから、それを守るように自分を犠牲にしている。また、もしかしたらマキュがロミオに対して抱いている感情、そしてティボがジュリエットに対して抱いていた感情をマキュもティボもそれぞれ知っていたのかもしれない。そんなたわいもない話ができるくらい仲が良かった。そして出てくる決闘での言葉の数々。マキュに対して「飼い犬」「壊れたロックシンガー」と例えるティボはマキュのことを良く知っているからこういう例えができるわけで。モンタギューの家の者でもないのに先頭に立って高らかとモンタギューを名乗るマキュはロミオ(モンタギュー)の飼い犬でしかなくて。誰よりもモンタギューでいようとしたマキュは大きな声でその家の名前を語り、誇りを持つことでモンタギューでいることができたから、とにかく大きな声で言葉を並び立てていた。その姿が「壊れたロックシンガー」にティボに写るのも、マキュの神経を逆撫ですることもわかった上での言葉で。マキュに対する最大の皮肉で。実はそんな風に生きられるマキュが羨ましい。それに対してジュリエットへの気持ちを知っているからこそ「実の叔母とできてるとか?」という言葉をかけるマキュも同様で。お互いのロミオ、そしてジュリエットに対する気持ちが同じだからこそ相手に自分が写ってしまう。この2人の決闘はもちろんマキュとティボで戦っているところもあるけれど、それ以上に自分自身と戦っているようにも見えるんだ。
ティボのことを罵るマキュはティボに対して、ジュリエットの近くにいながら自分の気持ちを伝えることができずにここにいることを臆病だと言っていて。

臆病なのはお前だろ
ずる賢く逃げるのか お友達の説教聞いて

ティボはマキュに対して自分の家ではなくてモンタギューにいることしかできないこと、そしてロミオのことを思うのにいっぱいいっぱいで空回りすらしてるような姿に臆病者という。ただそれぞれの臆病さをいちばん自覚しているのは他でもない自分自身で。だからこそ自分に向かって吠えているようにも見えて、言葉にすればするほどに相手よりも自分へのダメージの方が大きくなってしまう。「お友達の説教」と口にするティボは自分にはない環境へのマキュの僻みにも聞こえて。マキュとの間にあった何かがきっかけで、新しい環境で友達を作ることができたマキュと作ることができずにひとりキャピュレットの跡継ぎになるためだけに孤独に生きてきたティボ。彼にとって必要だったのは友達の存在だったのかもしれないな。

誰もが自由に生きる権利がある
誰もが自由に生きる権利などない

「誰もが自由に生きる権利がある」と言える家で過ごしたマキュは、彼なりの正義を通して自由に生きれたわけで。そしてティボはキャピュレットの跡を継がないといけないとわかった時にはもう彼には自由がなくなっていた。むしろ、「誰もが自由に生きる権利などない」と思わないとそこにはいられなかった。ティボはもう地獄の底から叫ぶしかできることはなかったんだよな。


この2人の決闘が単純に好きだった。こんなに決闘から痛みを感じるとは思っていなかったから。自分を犠牲にしながら戦うマキュとティボはとても格好良くて。マキュとティボが仲が良かったのにこんなに憎しみ合う関係になってしまったのは、きっと2人の間にあった絆すら切れてしまうくらいの大きな出来事があって。それは跡継ぎとなってしまったティボがこういう関係はいけない、と一方的にマキュのことを蔑み始めたのかもしれない。きっかけになったのは跡継ぎになってしまったことで、そこからティボは本当の仲間、友達を作ることをやめてしまったようにも見える。マキュは誰かが隣にいてくれないと生きていけなかった。だからロミオとベンと仲良くし、モンタギューで生きると決めた。ただどんなに先頭に立って大きな声をあげてもモンタギューになれない彼は必死で自分はモンタギューであるとアピールするように、言い聞かせるように叫ぶことしかできなかったんだ。鏡合わせのようなそっくりな2人と例えたけれど、性格みたいなところはコインの表と裏みたいに正反対で、それがまた似ていると感じるところが強調される。それでもそれぞれが孤独を背負っているから似ていないようでやっぱり似ているんだよな。知らんけど!
で、次に続きます。






6.偽物は本物には勝てない

えっと、妄想の続きです。
ここで物語に出てくる甥っ子と息子たちの話がしたい。マキュはヴェローナ大公の甥(いい加減書くのやめたいけど書けば書くほどしんどくなるから書く)で、ティボはキャピュレット夫人の甥。そしてベンはモンタギュー卿の甥。ロミオはモンタギュー卿の息子。並べてみると

  • 本筋の血を息子として引き、跡継ぎであるロミオ
  • 本筋の血を引くが、跡継ぎではないベン
  • 本筋の血を引いていないが、跡継ぎになってしまったティボ
  • 家柄、血縁がないマキュ

"血縁"だけをみると、4人の血の繋がり方がみんなそれぞれ違って。その中でもいちばんの偽物はマキュで、本物ではないのがティボ、そして本物がベンとロミオなんですよね。ただ、ベンとロミオでみるとより本物なのはロミオで。
決闘でティボがマキュを刺し、ロミオがティボを刺ことは偶然だったのか必然だったのかを考えた時、もしかしたらこれは必然だったのかもしれないと思った。

憎しみに支配され、モンタギューとキャピュレットの間で争いはあったものの、命を奪い合うような戦いにはならなかった。その引き金になったのはティボがマキュを刺したこと。マキュはティボに対して殺意があったけれど、どんなにその殺意を募らせてもティボの命をマキュの手で断つことはできない。それは偽物であるから。偽物は本物の命を奪うことができない。マキュの命を奪うことができたのは他でもなくティボしかいなかったわけで。ロミオとベンはマキュと同じところにいたから手は下さない。そんなティボも偽物ではないけれど本物でもなくて。ティボの命を奪うことができるのは、絶対的な本物であるロミオだけなんですよね。ベンがどうしてティボを殺せないかというと、ベンとティボは見ている世界が一緒だったから。「綺麗は汚い、汚いは綺麗」の景色はモンタギューもキャピュレットも家柄は関係なくて。ティボの見ていた世界も同じだった。それは綺麗は汚い、汚いは綺麗。ただしロミオとジュリエット以外!であるから。この世界にいる人に真っ向から、「綺麗は綺麗、汚いは汚い」と言えるのはロミオだけで。あの時、みんな衝動で動いていたけれど、本物が偽物の命を奪っていくやり取りだったって考えるとあそこでマキュを手にかけるのがティボで、ティボに復讐するのがロミオなのは必然だった。そして絶対的な本物の命を奪えるのは自分自身しかいない。だからロミオは自分の手で命を断ち、ジュリエットはロミオを追いかけるように命を消してしまうんだ。…知らんけど。
ベンの命を奪える人はロミオしかいなかったわけで。でも同じ世界で生きているベンの命を奪うことはないから、生き残るしか道がなかった。

シェイクスピアの言葉にこんな言葉がある。

臆病者は本当に死ぬまでに幾度も死ぬが
勇者は一度しか死を経験しない

この言葉はシェイクスピアロミオとジュリエットを発表した後に残した言葉みたいだから大きくは関係していないとは思うけど。それでも、この言葉をみて、勇者がロミオとジュリエットだとすると、臆病者がマキュとティボで。臆病者は勇者の死を一度にするために何度も死を経験するのではないかと思った。偽物だから、本物を守るためにマキュとティボは自ら選んで臆病者になったんだ。

ティボの環境のこと考えてたらとんでもない話に膨らんでしまった結果残ったのはティボルト、めちゃくちゃしんどい。だった。マキュはどんなに頑張っても「飼い犬」にしかなれないし、ベンの背負う孤独さも見えた。仲間のいるところにはいけないベン。それでもこの決闘をいちばん近くで見ていたからこそ、平和になるヴェローナでみんなの先頭に立って仲間の分まで生き抜いてほしいんだよ。
ま、この妄想、全部キャピュレットの本筋がキャピュレット卿だったらと仮定した場合の話なのでママが本筋だったらぶれぶれになる妄想でした!
でも、やっぱりロミジュリしんどいわ





7.悲劇のヒロイン・キャピュレット夫人

いや〜春野寿美礼さんのキャピママが大好きでした… キャピュレット夫人、夫からの愛に気がつけず、最後に残った心の拠り所はティボルトだったのに、そのティボの気持ちは娘のジュリエットに向いていて。自分の中の葛藤も、ティボの葛藤も全部わかっていながら最後までティボの傍にいて、そしてまた凛と立つ姿が格好良くて。その夫人のキャラクターにビジュアルも相まって途中からヴィランズに見えてた。いつ毒りんごが出てくるかな、とか鏡の前に立った時はいつ「鏡よ鏡」って言い出すかなって思ってた。すみません… だって、あまりに綺麗に衣装を着こなしてくれるからさ… 寿美礼さんの衣装全部好きでした… こんなこと言ってますけど、悪魔のように笑いながらジュリエットの前に立つ彼女からもまた孤独が滲み出ていた。
夫人の拠り所でもあるティボルト。彼の独り言のような告白「好きなんだ、ジュリエット」の言葉に驚きと同時に怒りも出てくる夫人が少女みたいに可愛く見えて。誰にも言わずに隠してきたティボの気持ちで、まさか従姉妹のジュリエットにっていう驚き。そして綺麗で可愛い娘に負けた嫉妬心みたいなのが一瞬の表情から感じられて、初めて見た時あまりの可愛さにときめいてしまった…
「あの頃私綺麗だったの」と語るママはジュリエットが張り合える相手ではないことをわかってはいたものの、ティボの気持ちを聞いて張り合わずにはいられなかった。ティボルトのことを"私の大切なたった1人の甥"と口にはしているものの、気持ちと愛情は言葉以上のものだった。だからこそ、ジュリエットと並ぼうとするし、辛い事実を突きつける。娘ではなくて1人の女としての嫉妬心。だから幸せになってほしいと心では思っているものの、口から出てくる言葉は"私"と同じ道を辿ってほしいと出てきてしまう。やっと素直になれた時には拠り所であったティボルトもジュリエットもなくしてしまったあとで。ただ、時間は遅かったけれど、ジュリエットの幸せを願い、語って最後に寄り添うことができて少しだけ、肩の荷が下ろせたんじゃないかな。






8.芯が強くてどこまでもかっこいい女、そうイルマちゃんのお話

大阪ラストスパートで、ティボの最後をみていたらふと目に入ったイルマちゃんに釘付けになってしまい、その後は気がつくと双眼鏡でイルマちゃんを追いかけてしまっていた、双眼鏡泥棒イルマちゃん。自分の気持ちに嘘がつけなくて格好良い強い女だった。もっとたくさんイルマちゃんのこと見たかった。※あんまり見られていないので憶測と妄想が飛び交ってます

イルマちゃん、ティボに対して特別な感情を抱いていて、ジュリエットのことはあんまり好きじゃなさそう。この女苦手だわ、っていう意識。そういう面倒くさいの、女ってよくあるじゃないですか、そうそれ。その気持ちがあるからジュリエットの傍にはあんまりいないのかなって。「可愛い子ぶっちゃってさ」っていうのも結構本音だったりするんだろうな。知らんけど。
ティボがマキュを刺したあと、渡辺ティボとナイフで遊ぶような仕草を楽しそうに妖艶な目を向けながらしているのを見て、イルマちゃんはティボのこういうところが好きなんだろうなって感じた。孤高のリーダーとして気高く振舞っている姿、敵に勝利して喜ぶ姿。弱い姿も知ってはいたけれど、見ないように知らないふりしてた。だから最後の瞬間まで、目の前にいたのは理想のティボルトだった。ただティボの弱い姿も知っていたから、ロミオと対峙する時に名前を呼ばれてロミオに向けるナイフを持つその手の震えにいちばん最初に気がつくのもイルマちゃんで。驚きとそんなティボの姿に動揺が隠せない「ティボルト?」の一言、いつもとは違う"異様"なティボの雰囲気に居ても立っても居られなくて身体が前に出るのに、止められてしまう姿が歯痒くて。ティボが刺された時には膝から崩れ落ちて倒れるティボを見ることすらできない。さっきまで勝利の喜びに浸っていたのにいきなりドン底まで突き落とされる目に写ったものは絶望だった。それでもキャピママがきたら咄嗟にティボの近くにいた子を離して場所を開けてあげるイルマちゃんに強い女をビシバシ感じたよ。「命を償う代償、誰かが支払わねばならない」とロミオの処罰を大公にみんなで訴える中でひとりイルマちゃんだけロミオの方をみて訴える。それだけロミオに対する復讐心が強くて。ロミオの刑が追放になった時の勢いあまる叫び方、そしてまた彼女を襲う絶望にイルマちゃんにとってのティボの存在の大きさを突きつけられた。ティボの遺体と一緒に歩いて行く時、イルマちゃんはティボの傍でずっと泣いていたジュイトイちゃんの肩をとるんですよ。それがもう辛くて辛くて。ティボのことをよく理解していた2人が肩を並べて歩く姿にティボをなくしてしまった悲しさが襲ってきて、そして何よりぽっかりキャピュレットには穴が空いてしまったのがみえた。
ロミオとジュリエットの亡骸を見ながら、身内の出来事なのにどこか現実味がないような感じがまたジュリエットよりもティボに気持ちがあったことを感じて。それでも両家が手を取り和解をすると安心したような表情をする。ティボルトをなくして、ロミオとジュリエットの愛を初めて感じて、争いがなくなることにほっとしたような、そんな印象。
イルマちゃん、自分の感情に素直で強くてティボのことを大事に思って、そして高くそびえるものの格好良さに憧れていて。だからこそ無くした時の絶望も誰より大きくて。ティボがいるからあれだけ強くいられるのを感じて私がとても好きなタイプの強い女で一瞬で心と双眼鏡を持っていかれた。格好良かったな。ヴェローナではマキュにナイフを向けられて、仮面舞踏会では骨抜きにさせられて、決闘では首絞められてイルマちゃんただただ羨ましい限りだったよ……
ダンサーさんそれぞれに物語はあると思うからもっと色んな人見たかったなと思うけど私はイルマちゃんの強さに魅せられて幸せでした!






色々書いたけど思いを言葉にし始めたら上手にまとめられない私がいちばん不器用でした!ここに書いたのはただの一個人としての解釈ですので悪しからず。
ロミジュリ千秋楽迎えてからも全然終わった感じがしなくて、それを埋めるように廣瀬さんのイベント行ったり大公のイベント行ったりしてたけどやっと卒業できるかなって思ったのでこれにて私のロミジュリはおしまいです!
本当に楽しかったし何より出会いの多かったロミジュリだった。新しい世界に連れてきてくれた平間くんには感謝しかありません。

ありがとう。またいつか。








*1:ベストアクトとはまた違った意味合いで好きな公演。

*2:これさえ言っておけば何を言ってもいいと思ってる魔法の言葉

*3:多分、断定はされていないので

たくさんの愛をもらったミュージカル ロミオ&ジュリエット




どうも!キャピュレットの女になりたいモンタギューの女は無事に亡霊になりました!

ミュージカル ロミオ&ジュリエット、ほんとうに素敵な作品でこの時代に生きてて良かった!って思える作品にまた一つ出会えました。ありがとう、ロミジュリ。

無事に大千秋楽を終えて、キャスト、スタッフのみなさんと一緒に私も走り抜けた1ヶ月半だったなー!この現代なんだけど現代じゃない、過去の話のようで過去でもない未来でもない新しい次元*1の中に1ヶ月半いたような感覚で、時間軸もはっきりしないから初日は遠い昔のように感じるのに公演が終わるまでは一瞬だったロミジュリ期間でした。チケット戦争に敗北し続けたのに気がついたら手元にチケットが増えてていっぱい行った。チケットビスケットシステム*2が無事に機能した。さすがに勢いで地方増やしたのは馬鹿だったと思ってる。疲れはちゃんと抜けませんでした。それでも後悔なんてしてなくて、ほんとにほんとに楽しいロミジュリ期間だったんだ!




以前書いたブログはこちら。
<戯曲を読んだ後のお話>

<マーキューシオとティボルトのお話>








長い長い卒論という名の感想文。簡潔にまとめることができないおたくは各キャストについて語りたい!と思ったらとんでもない量になったので目次を作りました。目次から飛べますので読みたいところにとんでください!全部読んでたら、目が疲れちゃうから!よろしくお願いしますね。



今回のWキャスト、観劇の回数比較としてはこんな感じ。
平間 大貫 > 古川 葵 廣瀬 > 木村 > 三浦 > 大野 渡辺 > 木下 > 生田 黒羽 宮尾
役解釈もしてるから、見た回数多い方に引っ張られちゃってることもあるかなと思ったので記載しておきました。




【目次】



ミュージカル ロミオ&ジュリエット

2017年版ロミジュリの再演として公演された今回の2019年版ロミジュリ。私は2019年版が初めてみるロミジュリだったのですが、出会えたロミジュリが2019年版ロミジュリで良かったって本当に思う。

この作品について考えた時に最初に頭に浮かんできたのが副題の「Love or Die」だった。まさしく愛か死かを投げかけられ、考えさせられた作品だった。ヴェローナに"憎しみ"という感情が蔓延る中で愛を求めて走り出すロミオとジュリエット。この2人だけではなくて、作品に出てくる1人1人が愛を持っていてそして求めている。それぞれの愛がヴェローナの"憎しみ"を脅かしてしまうくらい大きくなった時、神はそこに「愛か死か」の裁きを下す。その裁きは悲劇に繋がるのか、この街から憎しみがなくなることに繋がるのか。様々な形の大きな愛を舞台の上から投げかけられる作品だった。
私はロミオ&ジュリエットの物語は悲劇として語り継がれているのではなくて、和解で終わる、ハッピーエンドではないけど前向きに終わる物語なことに理解ができていなくて。愛を持ったロミオとジュリエットの周りにいる人はみんな死んでいく。最後は両家が和解するから悲劇ではないのはなんとなくわかるんたけど、やっぱり死んだ人の思いの方が大きく残ってしまう*3。悲劇ではないと語り継がれる物語、理解できるようでできていなかった。観劇を重ねていくうちに、悲劇ではなく両家が和解しヴェローナの街に平和が訪れていることを千秋楽付近、霊廟のシーンでロミオとジュリエット2人が並んだ姿を見て泣きじゃくりながらも笑い「許し合おう」と言うベンヴォーリオの姿が悲劇だけではなかったことを教えてくれた。争いの中の真ん中にいた彼が笑い、和解を願うことでヴェローナの未来が明るくなった。唯一の若者の生き残りであるベンヴォーリオが仲間の死を乗り越え、前を向けるか否かでこの物語のラストに残る感情はこんなに違うのかと思い知った。

この恋の蕾は 美しく咲くだろう
僕たちの愛の恵みを受けて

ロミオとジュリエットの純粋なまでの愛の叫びが仮面舞踏会の終わった後の夜の街に響き渡る。ヴェローナの街に響き渡るにはあまりに綺麗すぎる愛で薔薇の香りは名前を変えても変わらないように、2人の愛もどんなに形を変えてもヴェローナでは決して許されない愛であることに変わりがないのが酷く虚しく響いてしまう。

この物語の中でロミオとジュリエットはもちろん愛を育み、その周りにいる神父さまや乳母は2人の愛へ愛情を注ぐ。そしてベンヴォーリオ、マーキューシオ、ティボルトだって友情や恋愛など様々な形の愛をそれぞれ持ってヴェローナに存在している。上手くバランスが取れていたものが、ロミオとジュリエットの愛が大きくなってしまったことで歪みが生じて神の裁きが下されるようになってしまう。たった3日間の物語なのにあまりにこの3日で大きな愛が衝突しては爆発するように儚く散っていくのがロミオ&ジュリエットの物語を惹きつける魅力なのかもしれない。3日が激動すぎて観ている時には時間のことまで考えられていなかったから時系列で改めて考えてみる。

1日目 : ヴェローナ〜仮面舞踏会〜バルコニー
2日目 : 綺麗は汚い〜エメ〜決闘
3日目 : ひばり〜霊廟

こうやって見るとヴェローナに起きた3日間って激動の3日だったんだな、と感じる。ヴェローナの街の描写として

傷付け血を流し 時に命を落とす
誰が禁じても決して終わらない

とはあるけれど、本当にこの街で命を落とすほどの争いが今まで起こっていたのか、3日間だけの物語でしかないしその前後は語られていないから本当かどうかわからないけれどあまりに街の人たちが"死"というものを遠くに思っている印象がある。モンタギューとキャピュレットの家同士の戦い、実は人が死ぬほどの争いになったのはこれが初めてなのかもしれない。今まで争いを起こしても大きなお咎めがなかったことだってそう。マーキューシオとティボルトが殺されて真っ先に遺体を片付けるよう指示するキャピュレット卿も、これ以上の惨事を案じて出た言葉のようで。何より「あなたたちの憎しみが 僕たちを駆り立てた 命奪い合うように 僕たちは犠牲者だ」と訴えるベンヴォーリオにいちばん、この街で初めて犠牲者が出たのではないかなと感じてしまう。だからこそ、街の人たちが愛について、死について、家同士の争いについて真正面から向き合った時、街に平和が訪れる。その平和になった街にマーキューシオとティボルト、そしてロミオとジュリエットがいないのがあまりに悲しい結末だとまた思い知らされ、やっぱり悲劇なのでは!?というループが私の中で始まるのはここだけの話。ロミオ&ジュリエットは悲劇なんじゃなくて、運命の恋のお話です。

演出については、2017年版を見た方の感想を色々聞いていて、携帯電話が出てきたりAEDが出てきたり、見る前は色々驚きがあったけれど、上手に組み込めてて私はこの携帯電話や文明が少し発展したロミジュリの世界間が好きでした。全く矛盾がなく物語の邪魔もせずに存在できていた。そして簡単には会えない2人が連絡を取り合おうとした時、携帯電話を持っていないことがこんなにも不便なことに気づかされました。ジュリエットに乳母がいて良かった。
そして今回この公演を見て、影の演出に魅了された。バルコニーでは月明かりがバルコニーの下にロミオとジュリエットの影を作り出し、エメでは2人を覆っていく死が未来を予見させているかのようで、憎しみ〜エメリプライズではロミオを飲み込んでしまうような影の使い方をしていて見入ってしまった。照明の使い方1つで、死の感情が見えるのがすごいなと。






ロミオ

ヴェローナの中で誰よりもこの街の平和を願うロミオは争いにも入らず、誰かといるよりも1人でいることを選ぶ。それがロミオとジュリエットの悲劇を呼ぶ1つに繋がってしまうのが見ていて悲しい。
仮面舞踏会でジュリエットに出会ってヤバイ嬉しい!みたいにマーキューシオの肩揺さぶったり抱きついたりして近づくの可愛かったな。あんなに仮面舞踏会行きたくなさそうだったのに幸せの絶頂にいるロミオ、ピュアで可愛い。ちょっと頼りないけど仲間思いなところとか、精神的なところでみんなのお兄ちゃんみたいな存在だった。だからこそ、ジュリエットとの結婚がわかってからはみんなで必死に戻ってこいって説得ができる。ロミオは1人でいる時間を大切にしていたから、マーキューシオを失って初めて彼らが大事な仲間だったと再認識した。危ない橋を渡るマーキューシオに対してロミオが良く思ってなかったところもあるだろうから。危ない橋を渡ることでロミオを守っていたことに気がついていないところが良いところでもあるんだよな。マーキューシオ始めモンタギューのみんなでロミオのこと守ってたんだよ。ロミオだけはこの争いに参加させちゃいけない、いずれヴェローナの帝王になる男なんだからって気持ちが色んなところから感じられた。

ジュリエットが亡くなったと聞いて、絶望が目の前に広がった時の感情の起伏がすごく好きでした。唯一の希望の光が消えてしまった時、まだ残されている光があることにすら気がつくことができなくてまさしく"闇に沈んで"いくロミオ。それでも薬売りが目の前に毒薬を出すと一瞬怯んでしまうロミオに絶望の中にいても感覚はまだいつもと変わらないところがあるのが垣間見えて、この瞬間に戻ってこられる道はあったんじゃないかと感じさせられる。ジュリエットと出会ったことで、今までだったら俯瞰して見られていたものが見られなくなってしまってジュリエットの元に走り出す。それが彼らの築いた愛の形であり、ロミオの出せた答えはジュリエットを追いかけることそれだけだったのが切なくなるくらい18歳という年齢はこの行動への説得力を持たせてしまうんだよな。
ロミオ2人ともバルコニーでジュリエットの語る、出会った相手が自分だってわかった時の表情が可愛いすぎて大好きでした。



- 古川雄大

「女たちは僕のことを追いかけてくる 何もしなくても」この台詞をこんなに日常茶飯事のように言えるロミオは古川ロミオの右に出るものはいないと思います。古川ロミオモテそうだもんな〜!優しくて、気が利いて、仲間思いで、女のこと振り倒してもロミオのこと嫌いになってる人がいなさそう。わかる。古川ロミオ、顔が良いもんな、そう、ロミオって2人ともとにかく顔が良いんですよ。あとびっくりするくらい顔が小さい。びっくりした。身長と顔のバランスがおかしい。
今回でお恥ずかしながら古川くん初めましてだったのですが、あの細い身体からあの素敵な歌声が出るのに驚きしかないです。強弱のつけ方とかめちゃくちゃうまいのに響かなさそうな身体してるからさ… 不思議だよ…… たくさんご飯食べてもう少し健康的な身体になってね…ってひばり見るたびに思ってました、ごめん、

古川ロミオって死と隣り合わせというかふと気を抜くと死の存在に気がついて、自分の周りを死が覆ってしまうような恐怖と一緒にヴェローナで過ごしてるように見えて。マブの女王終わりに明るい顔をしてマキュとベンを見送るロミオは1人になるとその死の存在を感じる。死はヴェローナの街の1人1人を静かに見下ろしているけれど、ロミオ以外の人は感じていなくて。もしかしたらロミオはベンやマキュを始めこの死の存在を気がつかせないようにするために1人でいることを選んでいるのではないかと思うくらい死の影を感じている。その"見えないなにか"はあまりに恐ろしいもので、自分の感情に起因して影が大きくなったり小さくなったり。シンクロして踊るロミオの影に見えた死は全てを悟って呑み込んでしまうような迫力を持っていた。

大千秋楽の日、結婚式の日取りを乳母に伝えたあと、去り際振り返って乳母の目を真っ直ぐ見て「絶対、幸せにするから。」と言った古川ロミオはこの3回目となるロミオを1ヶ月半走り切ってきて、たくさんジュリエットを愛し、命を果たしてきた月日を経た上でのロミオとしての覚悟が伝わってきて、古川ロミオだから言えた言葉だったし、あそこでこの幸せにするから、の一言だけで、エメは今までと全く違うものに見えたし誰も死なないんじゃないかとさえ思った。ジュリエットのこと、最後まで幸せにしてあげてほしかった。この世で2人の幸せな愛を実らせてる姿見たかったな。



- 大野拓朗

こんなにピュアで真っ直ぐで可愛いロミオは大野くんにしかできない、ヴェローナで大切に育て上げられていたロミオだった。ヴェローナの天然記念物にしたい。
「いつか」で恋を探している大野ロミオは永遠を誓い合える相手がいないことに対する虚しさ恋人に出会えない寂しさで"虚無"って感じが好きだった。ただ永遠の愛を誓う相手を思う時にはキラキラした真っ直ぐな目で未来を見ていて子どもみたいに楽しそうで。「まだ見ぬ恋人を探してるんだ」っておもちゃを探してる子供みたいに無邪気に笑う姿がとても可愛い。ある公演でベンヴォーリオがこのロミオに対して「まだ見ぬ恋人!?可愛いヤツだな」って吐き捨てたの、ベンヴォーリオに同意しかなかった!!!大野ロミオの良さは無邪気で純粋なところ!可愛いの!わかる!!!

純粋なロミオが死を感じる時は一瞬にして大きくその存在に気がつく。大野ロミオの人生に負の感情って大きく存在していなかったから、いつからか感じるようになった死に対しては普段は全然気がつかないのに突然現れるようで。闇に呑み込まれてしまいそうな落とし穴みたいだったのかもしれない。
大野ロミオが1人でいるのに大きな理由はなくて、面倒くさい争いに巻き込まれないようにするためっていうのもあるけど多分いちばんは1人が好きでそれが楽だから。仲間に会っても逃げようとするロミオはずっとまだ見ぬ恋人を探していたんだと思う。それくらい、純粋に運命の相手に出会うことを夢見てた。

大野ロミオのバルコニーのシーンが特に大好きだよ!!!ジュリエットの「おやすみなさい」すら聞こえていなくてとにかくジュリエットの側に行きたくて。キスできると思ってはぐらかされる感じのロミオは可愛いの一言しかありません。
だからこそ、ジュリエットが亡くなったと聞いた時のロミオの絶望は崖から突き落とされたように未来が真っ暗になって、ジュリエットの元に行く道しか見えなくなる。ベンヴォーリオからの言葉を聞いてジュリエットの姿を見るまで現実だと信じられていないから。絶望がまたそこで襲ってくる。霊廟で崩れ落ちる姿に明日が消えて絶望が広がって、でも徐々にジュリエットと天国で暮らす未来が見えるロミオの表情の変化に天国で幸せになってほしいとすら思ってしまった。毒を飲んで「ジュリエット」と呼びかけながら幸せそうに笑うロミオには、新しい世界でジュリエットと一緒に暮らせる希望に満ちたような笑顔でそれがまた辛い。

ティボルトを刺してしまった後立ってすらいられなくなるロミオの姿やジュリエットの死体を前に後ずさる大野ロミオをみて、この人は"人が死ぬ"ということに対しての免疫が全くないと感じた。"死"に対して恐怖のような感覚があるから普段の陽とふと感じる闇、陰の差がはっきりしていて。陰と陽の感情の振れ幅もすごいから、歌に感情が溢れ出した時の迫力がすごくて、ロミオの絶望に触れられた気がした。






ジュリエット

キャピュレットで大切に大切に育て上げられた箱入り娘ジュリエット。「愛がなければこの世は闇よ」ってものすごく真っ直ぐな目で言うジュリエットの姿がただただ好き。未来の恋人の姿を待ちわびているジュリエットはキラキラした宝石みたいに輝いてる。ロミオに出会う前の子どものようにあどけなく笑う姿から、ロミオと出会って彼の妻になったあと、大人のように芯の灯った目をするジュリエットに改めて女性としての強さを感じる。ロミオとの恋に突っ走ってしまう盲目さはやっぱり16歳の乙女なんだよな。
ジュリエットはモンタギューとキャピュレットの争いは知っていて、もちろんモンタギューが仇だということもわかっているけれど、あそこまでヒリヒリとした争いが街で起こっていることは知らなさそう。乳母からロミオがティボルトに復讐したって聞いてもどこかジュリエットからその事実を現実として実感してる感じなかったのはそのせいかな… この争いを知らない純白な女の子がジュリエット。
何も知らせずに感じさせずに育てていたに違いない。そういう怖いところではなくて、幸せにヴェローナで生きていけるようにティボルトや乳母、キャピュレット卿、キャピュレット夫人を始めみんなジュリエットのことを守っていた。外に出たくなる気持ちもわかるけどジュリエットは守られすぎてまだまだ外の世界のことは知らないんだろうなと思うと、ロミオと街を飛び出して生きていけたかはわからない、けど幸せそうに笑ってくれればそれで生きていけるか!とも思うからあの2人ならなんとかなかったかな。

ロミオがどんな状態になろうと、ロミオを思い続けることができるのは2人の中にある愛がものすごく大きいものだからだろうし、その大きさがないとあの薬は飲めなかったと思う。霊廟で目覚めてロミオを見つけた時の幸せたっぷりの笑顔は忘れられないし、起きないロミオに気がついた時一瞬で声色が変わって、でも絶望が広がるというよりまた別の新しい世界を目指すジュリエットの強さには女の強さを感じて儚くもかっこいいとすら感じるところがあった。ナイフを胸に刺したあと赤い花びらが舞うように見えた日があった。そんな綺麗なラストだからこそ、2人の愛の大きさ、それが純粋なものだったことを教えてもらえた気がした。



- 葵わかな

天真爛漫で、愛を夢見ている可愛い16歳の女の子。あどけなく笑う笑顔や色んなことに興味津々なところ、素直ですぐ涙をこぼすところとか、感情に素直な等身大のジュリエットだったな。

今回が初めての舞台でミュージカルだったからか、全期間を通しての成長がすごかった。最初はわかなちゃんジュリエット苦手かも…って思ってたけど最後、すごく好きなジュリエットになってた。 最初は世間知らずな女の子で、ロミオと出会って妻になって、目に宿る光が夢だったものが現実になったことで3日という短い時間ではあるけれど確実に大人になってた。女って強いな。女の強さは備わったけど多分ロミオと駆け落ちできてもいちばん生活できなさそうな気がする。心配しすぎて乳母に探されちゃう。愛されジュリエットなんですよね、まだ1人立ちさせるにはあまりに世間知らずだから。
大人になったとはいえ、私の親じゃない!ってキャピュレット卿と夫人それぞれに指をさしてあなたも!って言う姿に感情的になるとまだまだ子どもなことを感じさせてやっぱり等身大のジュリエットだった。16歳の女の子、大人に見えてもまだ大人じゃない。

古川ロミオといるとお兄ちゃんに甘えているような、全てをロミオに託している感じがすごく素敵で、少女が背伸びをして大人の恋しているみたい。それもまた女の子の憧れの1つだから純粋にジュリエットは楽しめる。わかなちゃんジュリエットを守るためにロミオはもう少しだけ強くなった方が良いよ!そして大野ロミオといると等身大の、2人とも同じ目線で愛を育んでいた。まだ2人とも成長しきっていないから危なっかしいところもあるけど、それこそ恋の翼に乗ったら全部乗り越えられそうな2人だったな。



- 木下晴香

しっかりしてる大人なジュリエット。全ての行動に意味があるように感じて、甘えるところはとことん大人にもロミオのも甘えるけれど引くところはしっかり引く。周りが見えていて、いちばん地に足がついてるジュリエットって印象だった。ロミオと2人で駆け落ちしても晴香ちゃんジュリエットだったらなんとか生きていけそうだもん!料理とかやらせたらメキメキ腕あげてめちゃくちゃ美味しい夜ご飯作ってくれそう。晴香ちゃんジュリエットのご飯食べられるロミオ羨ましい。私も晩餐混ぜて。

晴香ちゃん、とにかく歌が上手い!高音が綺麗に聞こえるの、耳が幸せだったよ……
大人になりすぎてて裏と表の顔の違いが最高に興奮するジュリエットだった。「そうなりますように(地獄に堕ちますように)」の言い方に晴香ちゃんジュリエットの闇の深さを思い知った… 乳母が知っているよりもずっとジュリエットは大人になりすぎてます。私の親じゃない!ってキャピュレット卿には手を広げてさし、夫人には指をさすのも全部わかった上でやってる感じがして怖くて楽しかった!女を傷つけるやり方を知っている。パリスと結婚させられることが嫌っていうのもあるけれど、それ以上に自分の出生のこととかあのタイミングで聞かされたこととかに腹立ててるんだろうなっていうのもジュリエットの気持ちが全部見えるようで、またそれがキャピュレット卿にはわからない女同士の戦いって感じ、好きだったな。ここで乳母に「嫌だ」って頼るジュリエットは乳母への信頼が見えて2人の良い関係性が感じられる。だからこそ乳母にあの言葉を言われるのは悲しかったんだろうな。

古川ロミオとは大人のカップルって感じがして見ていて安心した。周りのことをわかった上で危ない橋渡るしかない感じもすごく良かったな。綺麗なカップルだった。大野ロミオとはお互いが"運命の相手"っていうのが伝わるくらい巡り合わせを感じる2人だった。こういう家の違いで禁断の恋みたいな形じゃないともしかしたら惹かれ合わなかったのかもしれないとすら感じさせる2人。でも恋に落ちたらいちばん周りが見えなくなる2人でもあったんだよな。

天使の声が聞こえるでロミオのキスを交わして階段を駆け下りて「かみさま!」って口にするのがすごく好きでした!



- 生田絵梨花

いくちゃんさんジュリエット、周りが見えないくらいロミオとの恋に夢中で可愛い女の子なジュリエットだった。正直に言うといくちゃんさん見られたのが東京公演前半戦だったので記憶が曖昧なところもあるんだけど感じた印象を。

薔薇を見つめるキラキラとした目が可愛いくて。ロミオとの恋はいちばん盲目だったなと思う。最初から女の強さを持ってるジュリエットで、でも世間のことは知らなくて、みたいな矛盾が素敵に見える女の子だったな。そういうところに強さを感じていたのかもしれない。もっと見たかったな、いくちゃんさんジュリエット。

古川ロミオとは、ジュリエットから強さを感じていた分ロミオと別れないといけない時の細さが印象的。お互い深いところで通じ合えてるからこそ盲目になってしまう愛の形だった。大野ロミオとはバルコニーでのジュリエットの溜息とロミオの溜息の温度が同じで2人は出会うべくして出会ったんだし、出会ってからはもう真っ直ぐに突き進む道しか残されていなくて、だからこそ幸せいっぱいのこの2人のバルコニーが大好きだった。見てるこっちがときめくくらい2人とも初々しくてきらきらしてて、眩しかった。






ベンヴォーリオ

ベンヴォーリオって孤独につつまれた優しさの化身だと思っていて。誰よりも周りがよく見えてるし、とにかく優しい。ロミオのことを「ギリギリまで手を出す男じゃない」と口にするベンヴォーリオ。この言葉の裏をとると「ギリギリを超えてしまった時、ロミオは何をするかわからない」って意味が含まれているようにしか聞こえなくて。ベンヴォーリオは周りのこと、そしてその人のことをよくわかっているから、その一線をロミオが越えてしまっても不思議じゃなくて、そういう奴なんだと。ベンヴォーリオは人の本質みたいなところまで見えてるのかなって、またそれを周りに気がつかせないようにしてるのがとても器用。もしかしたらそれすら自分でも気がついていなくて無意識でやっているのかも。
ロミオを1人にしているのはロミオのことを知った上でだろうし、マーキューシオの喧嘩を止めないのも、彼のことをわかっているから、いつも一緒に最前線に立って守っている。唯一若者の中で生き残るベンヴォーリオ。彼は最初に記述した「ヴェローナの"憎しみ"を脅かしてしまうくらい大きく」なってしまう愛を物語の中で育てるのではなくて、ずっと大きな愛でみんなを覆っていた。だから彼は生き残る。

ベンヴォーリオを見ていると、争いに参加はしているけれど自分から喧嘩はふっかけない。争いの中でも仲間を助けようとしていたり、暴走しすぎるマーキューシオを止めたりと自分から殴る蹴るとかそういう表向きの喧嘩はしない。でも争い自体に嫌とかそういう感情はあまり見えなくて、みんなと楽しくヴェローナで暮らしている生活の一部なんだよね、ベンヴォーリオにとっての争いって。
決闘で「誰もが自由に生きる権利がある」ってベンヴォーリオが言う理由をずっと考えていたんですけど、この言葉ってマーキューシオを止めようとするロミオに向かって叫んでいた。もしかしたらこれはロミオに向けての言葉だったのかもしれない。ロミオは「誰を愛するのも自由だから、争いはやめよう、憎しみ合うことは間違っている」って意味が大きく込められているのに対してベンヴォーリオは「争いという手段しか見つからないけれどモンタギューを守ろうとすることだって自由なはずだ」みたいな意味を感じた。ロミオを失いたくないベンヴォーリオとマーキューシオ、そしてモンタギューの人たちの思いを代弁したようなベンヴォーリオの「誰もが自由に生きる権利がある」。この争いが間違っていたことに気がつくのはマーキューシオを失ってから。目の前で親友を失ったベンヴォーリオは寄り添うことしかできなくて、自分の無力さを痛感する。そしてロミオもまた復讐してしまったことによってヴェローナから追放されてしまう。モンタギューの仲間をいちばんに大切にし続けていたベンヴォーリオだから失った悲しみは誰にも測れない。大人たちの憎しみに巻き込まれて争いをすることは間違っていると気がつくには時間が遅すぎたんだ。

モンタギューのリーダーとしてマーキューシオと一緒に引っ張っていってたけど、実質的にはマーキューシオがモンタギューのリーダーだったんじゃないかな。10代後半の時期、強い者に対して格好良いと、憧れを持つのは当然のこと。戦わないベンヴォーリオへの信頼はどれくらいだったんだろう。狂気〜服毒でベンヴォーリオの声がみんなに届かないのはマーキューシオが殺されて復讐に燃えているから。ここのあたりから、争いの中にいる若者と全てに気がついてしまったベンヴォーリオという間がきてしまって、彼の孤独がより増していく。
仲間をなくしたベンヴォーリオはジュリエットの死を知って微かな希望すら消えてしまう。その目には何も写らず、思うのはロミオのことと楽しかった昔のこと。自分たちの力では何もできず、変えられない無力さと光が消えた絶望の中、ジュリエットの死をロミオに伝えられるのは俺しかいないと目に決意を宿すどうやって伝えようは圧感だった。ベンヴォーリオの優しさと孤独と決意する力強さと前を向ける強さとベンヴォーリオという人の全てを感じる曲。結果的にこれを伝えてしまったことで、ロミオまでなくしてしまうことになるのがベンヴォーリオの孤独をより引き立たせる。彼にこんなに重荷を背負わせてどうするだよ。それでもロミオとジュリエットの最後の姿をみて涙を流し、「許し合おう」と言うベンヴォーリオはこの3日でロミオとジュリエット、そしてマーキューシオ、ティボルトから影響をたくさん受けて、間違っていたことを学び、これからのヴェローナを先頭に立って歩んでいくんだ。


- 三浦涼介

公演が増すごとに「(ロミオの)しつけがいいから!」と「未だ見ぬ恋人!?」の棒読み具合が上がっていくのがとっても好きでした!モンタギュー夫人に「あっほら!しつけがいいから!」って心から思ってない感じがすごくベンヴォーリオって感じがして好き。
そういえば、りょんくんさんって肩にタトゥーが入ってるの、控えめに言って最高すぎるベンヴォーリオすぎません!?!?ニートで、女を骨抜きにさせる魅力を持っていて、肩にタトゥーが入ってて、ピアス穴しっかり開いてて、とにかく顔が綺麗で。どうしよう、ベンヴォーリオのビジュアルがあまりにベンヴォーリオで最高だ…… オフショでタトゥー見つけた時のテンションの上がり方は異常でしたね、、

ロミオに対してもマーキューシオに対しても愛情がたっぷりで、優しいがすぎるベンヴォーリオ。みんなのことを優しさと愛で大きく包み込んでくれてた。りょんくんさんベンからはあんまり争いに対する考えがよくわからなかったけれど、みんなのお兄ちゃんみたいな存在だったんだろうな。
キャピュレット夫人の「言い逃れだわ」に噛み付くように叫ぶ姿に子供の力じゃ大人には対抗できない歯がゆさを感じて、僕たちは犠牲者だと訴えても話を聞いてくれない大人にはもう叫んで威嚇することしかできないんだ。りょんくんさんベンヴォーリオはロミオかマーキューシオ、どちらかに気持ちが寄っているというよりも、2人がいることで自分の存在を肯定しているようで。自分の気持ちが強くないからこそ、2人を通して"ここにいる"ことができている。だからマーキューシオを泣きながら抱きしめるベンヴォーリオはすごく小さくなる。仲間がいなくなることは、自分の存在がなくなることと同じだった。強くロミオのことを抱きしめるベンヴォーリオは縋る場所がここしかないと言っているようで。ロミオを抱きしめながらマーキューシオが持っていた、そしてロミオが手を汚してしまった、そのナイフが目に入った時、ベンヴォーリオに今までにない悲しみ悔しさ苦しさ、全ての感情が流れるように襲ってきて、友人2人の想いのこもったナイフを手にまた彼も悲しみに浸るのだろうと思うと辛い。それでもそのナイフは彼にとって2人の形見としてずっと傍に置いて生きていくのだろう。



- 木村達成

公演を重ねていく中で個人的にいちばん化けていちばん印象が変わったのが達成くんでした。綺麗は汚いで木村達成独壇場にしていったのはほんとに心が強いと思うしその精神大好きだよー!!って毎回終わる度に叫んでいた。東京アフトではあんなに緊張していたのにね、あれは別人だったのかな…??お気に入りは"手羽先"です。あと平間くんのことを身長イジりしてくれる貴重な存在でした。ありがとう。

マーキューシオとの"バディ"感が強くて2人のベクトルが一致した時、モンタギューの強さをめちゃくちゃ感じた。
後半戦、ヴェローナの「例え軍隊が〜」のベンソロ前にマキュとアイコンタクト入れるのほんとーーーーにずるい!!それ!最高のベンマキュじゃないですか!!ちなみに、街に噂がでもベンとマキュのアイコンタクトが多発しすぎてこの2人がバディなのすごく感じられて好きが募った。ヴェローナのアイコンタクトは4/3にもしっかりやってくれていたからDVDに残るはずなので!気になった人、チェックしてください!モンタギュー推しの全私が死ぬ最高アイコンタクト。

達成ベンはどちらかというとマーキューシオ寄りに気持ちがあって。キャピュレットとの争いの中での挑発の仕方とか、ティボルトに向かっていくマキュを止める時の表情も「まぁ、その辺にしとけよ」みたいに笑いながらで基本的にこの争いを楽しんでる。マーキューシオと一緒にモンタギューを引っ張っていくぞ!って気持ちが見えたから、争いの中で戦うことをしていなかったことに驚いたけれど、決闘でキャピュレットにやられた仲間を助けに行こうとする姿をみて、ベンヴォーリオはこういう役目だったんだなと思った。マーキューシオが最前線で戦って周りの意識をあげて、足りないところをベンヴォーリオが補う。バランスを上手に取っている役目。だからマーキューシオを止めようとするロミオを制する。それはベンヴォーリオにもロミオを守りたいという気持ちが大きかったからなんじゃないかな。もちろんマーキューシオから感じた狂気が今までにないような大きさだったからっていう理由もゼロではないだろうけど。そこでマーキューシオを止めないのはベンヴォーリオの2人への優しさだった。

マーキューシオをなくし、ロミオがティボルトに復讐してしまうとロミオを守ろうとすることに必死で。「ロミオがティボルトを殺した」って言うモンタギュー夫人の腕を違うんだ!って訴えるように掴んだり、野蛮人だとロミオのことを指さす大公の前に立ちはだかったり。それでもマーキューシオが肌身離さず持っていた、そしてロミオが復讐してしまったナイフを見つけると引き込まれるようにナイフを手にして悲しみに襲われる。1人で立っていられないほどの悲しみすぎて泣き崩れながらロミオの元を去っていくベンヴォーリオの姿が忘れられない。

ラスト、ロミオとジュリエットの亡骸をみながら泣き、笑い「ロミオとジュリエット 命を懸けてまで 教えてくれた」と歌う彼の姿にジュリエット、そしてロミオはベンヴォーリオにとっての誇りなんだと感じさせられた。この言葉を紡ぐモンタギューの仲間やキャピュレットの人たちをベンヴォーリオは笑顔で見ながら憎しみがなくなることをロミオに報告しているようで。ロミオの前では崩れ落ちない彼の強さと逞しさ、これからこの街を背負って先頭を歩く彼の背中はロミオに大きく写ったかな。それでもロミオの傍を離れると悲しみややるせなさが襲ってきて泣き崩れてしまう。自分がジュリエットの死を伝えてしまったせいでロミオを亡くしてしまった彼の持った荷物はあまりに大きい。泣きじゃくりながら蝋燭を吹き消す日もあったし、泣き笑いながら蝋燭を吹き消す日もあった。ロミオ、マーキューシオがいないヴェローナで彼はこれから生きていく。この蝋燭を吹き消すことでまた新しい道が未来が切り開いていくスタートになるといいなと思うラストだった。






マーキューシオ

喧嘩っ早くて、バタフライナイフを相棒みたいに扱って、大人の話なんて耳にも入らなくて、恋なんて暇つぶしくらいのものにしか思ってなくて、女の扱いは酷くて、彼の素行の悪さ(?)を挙げたらキリがないけれど、大公の甥でいるのに誰よりもモンタギューでいようとして、そして誰よりもロミオが大好きで。仲間を大切に思っているマーキューシオ。ロミオに「どうしてお前はそんなに不器用なんだ?」って言葉を最後に残すけれど、間違いなくいちばん不器用なのはマーキューシオで。そんなマーキューシオが私はとても好き。
ヴェローナ大公の甥という立場でモンタギューにいる彼。血はどんなに努力したって変えられるものではないことはわかっていても、必死でそこに抗っているようで。それはモンタギューにいたいという気持ちよりも大公の甥という立場から抜け出したかったのかもしれない。ヴェローナ大公は彼にとって"なりたくない大人"の象徴だった。大公の言葉1つ1つを馬鹿にし、聞く耳すらもたない。同じような行動をモンタギュー夫人にもとる。マーキューシオにとっては大人の作ったこの街で憎しみに駆り立てられ、争うことで居場所を得ることができた。その居場所を奪うような大人の言葉は誰よりもモンタギューでいようとした彼にとっていちばん聞きたくない言葉だったのかもしれない。そんなマーキューシオの一面が色濃く出ていたのが"憎しみ"でナイフを出してはベンに回収されてっていう一連の流れ。大人の言葉に従い振り回されるのは嫌だっていう彼の気持ちが現れているようだった。
モンタギューに存在できるように、腕の強さだけが物を語るだけではないことは彼自身がいちばん良くわかっていて、ただ腕の強さも今のポジションを得るには必要だったはずだから。相当努力もしてきたんだろうなと思う。
彼がモンタギューの1人として迎え入れられた日、そしてその背中にモンタギューのドラゴンを背負えた日、彼のその気持ちは計り知れない。その日はよりモンタギューに存在しないとと思っただろうし、だから先頭に立って飼い犬と罵られようと前にいることをやめない。自分の居場所を作ってくれたモンタギューを守るために。深く頭を下げ、いちばん経緯を払っている大人がモンタギュー卿であるのは、自分をモンタギューに受け入れてくれた、そして自由にさせてくれる寛大さに憧れと感謝をしているからなのかな。
マーキューシオは自分の気持ちに純粋だから、ロミオとジュリエットの結婚を知ってティボルト、そしてキャピュレットへの憎しみ、ロミオへの信頼愛情の気持ちが大きくなりすぎてしまった。結果的に愛を手にする前に死んでしまう。
争いになるといちばん先頭で戦って、異常なまでの狂気が満ちる彼。そんな彼もモンタギューの仲間といる時には本当に楽しそうに笑う。狂気の方が強く印象に残ってしまうけれど彼の本質はモンタギューでいる時に見せる笑顔。ロミオのことをベンヴォーリオと一緒にイジったり、仮面舞踏会に誘ったり、悪知恵だけは一人前に働くマーキューシオ。あの楽しそうな笑顔を見ていると争いの中での狂気染みた顔があるなんて考えられない。みんなの真ん中で必死に走ってモンタギューのリーダーとして存在している。周りか頼られるリーダーになれたからこそモンタギューの結束力と仲の良さが生まれたんだと思うと、マーキューシオがモンタギューに残したものは大きかったんだなと感じる。



- 平間壮一

とにかくたくさん見ました。たくさん見れたから、色んな表情も見れたし、毎公演感情のベクトルが違って楽しかった。ラストだって、笑いながら幸せそうに亡くなる日もあれば、死ぬことに恐怖を抱いている日もあったし、友との別れを惜しむ日もあった。そのどれもが平間くんの作り上げたマーキューシオだったんだよな。狂気で満ちすぎていて、それだけにならず、人間らしい一面がたくさん見えたマーキューシオだった。

平間くんのマーキューシオはロミオへの想いがとても強いマーキューシオ。その想いは友情というよりも、愛情の方に近くて。女を誑かしてるのも本命はロミオだったから、そんな風に遊んでいるかのようにすら感じさせられた。誰にもなびかないロミオだったから、自分の隣にいてくれることは当たり前で。そんなロミオがジュリエットの元へ行ってしまう。その道はあまりに険しすぎて、どうにかして戻ってきてほしいと切に願うマーキューシオの街に噂がの表情が忘れられない。モンタギューの先頭に立ってるはずなのに、堪え切れない悲しみがいちばん表に出ていたのはマーキューシオだった。それだけロミオへの信頼と愛情が大きかった。ただ悲しみももちろんあるけれど、それと同時にロミオへの単純などうして?っていう疑問と未来への不安、ロミオの言葉が信じられない自分への憤りと、ロミオに投げてしまった言葉たちへの後悔、そして言葉にできない様々な気持ちが一気に押し寄せてきた。みんながロミオに対して「もうお前はお終いだ」と言い放ったあと、不安な気持ちが入り乱れながらも「ロミオ?」って手を差し伸べる姿が儚い。ロミオに掴んでほしかったその手は辛くも下ろさなければならなくなる。そして叫ぶマーキューシオの「もう終わりだ」はモンタギューで過ごして今まで築き上げてきたものが掌から崩れ落ちていく虚しさみたいなものもみえて。あの後決闘までの時間は本当に僅かしかなかっただろうけど最後にできることとして彼はロミオを守ることだけを考えて戦いに臨む。最終的な彼の願いはロミオの幸せだから。自分を犠牲にしても最後までロミオを守り抜いて、幸せになってもらうことが仲間として、親友としてモンタギューにいるマーキューシオができることだった。

決闘で、ティボルトに向かっていくマーキューシオの姿は彼の持っている全ての気持ちをティボルトへの"憎しみ"という気持ちに変えて向けていて。ロミオへの気持ちや今まで過ごしてきた時間を手放すやり切れない思い全てが彼の叫びに変わっていた。本当にみていて辛い。ティボルトに浴びせる言葉一つ一つが自分を削りながら吐く言葉になっていて、ティボルトを責めているようで、自分のことも責めている。喧嘩に割って入ってくるロミオの姿をみて動揺する彼にロミオへの思いが十分すぎるくらい見えて。なんで来たんだ?って思いとマーキューシオの気持ち的にロミオに来られてはいけないっていう動揺。その気持ちをどうして?ってロミオに向ける日もあれば、決闘中1回もロミオと目を合わさない日もあった。意図的にロミオを視界に入れようとしていなくて。そんなマーキューシオに対して「俺を見ろ!」って肩を揺さぶりながら説得するロミオもまたしんどい。自分のせいで起きた喧嘩、価値観の違いで起きてしまったこと。"憎しみ"をなくしたくてもなくならないと思ってる人となくそうとしている人。気持ちの繋がりが解けかかってしまった状態だったからこそ、ここでロミオに説得されるのがいちばん辛かっただろう。

そんなマーキューシオのラスト。ティボルトに刺されて、大好きな仲間に囲まれながら旅立つその姿はあんなに大きかった背中がいきなり小さくなってしまっていて。それでも最後の力を振り絞ってロミオに気持ちを伝えるその言葉は今までモンタギューの先頭で走ってきた彼からは想像もつかない言葉で。でもこの言葉を言えるのも間違いなくマーキューシオだけなんだよね。ジュリエットを最後まで愛し抜けという言葉も、モンタギュー、そしてキャピュレットの家の"憎しみ"を憎むことも。大人の作り上げた憎しみが蔓延る世界で生きてきて、モンタギューとして争うことで居場所を作った彼も心の奥では両家の争い自体を憎んでいた。もちろん、キャピュレットへの憎しみの気持ちの方が大きいことは彼の指すナイフの先が物語っている。それでもこの争い自体を醜いものだと、モンタギューですら恨むと言葉を投げて終わる。それが誰よりもモンタギューでいようとした、モンタギューの名前を捨てることができないマーキューシオが最後にできる、ロミオとジュリエットの幸せを願う精一杯の言葉だったのかもしれない。「自由に生きるため」には、名前なんかに囚われていてはいけない、と気がついた。でも気がついた時にはもう時間は遅かったから、こんな言葉でしかロミオに託せない、そんなところも不器用で。平間くんのマーキューシオは想いがとても強すぎて上手に伝えられずに、ずっと下手くそだったんだよね。それがまた切なくて。儚く散ってしまう命だからこそ、その不器用さもまた若さと一緒に煌めいた、そんなマーキューシオだった。



- 黒羽麻璃央

まりマキュさん、あんまり見れなかったの後悔してます、古川ロミオとの組み合わせが見れてないからまた見てたら印象大きく変わっていたんだろうなー!!
初めて見たときの感想がまりマキュさん、背おっきいなー!でした。(馬鹿な感想でごめん)
まりおくんのマーキューシオはロミオ、ベンヴォーリオの2人といるとお兄ちゃんたちに囲まれて暴れまわってる可愛い末っ子マーキューシオだった。モンタギューの仲間といる時もモンタギューのリーダーっていうよりも、みんなと仲間!同士!って感じが伝わってきて、率いているというよりは同じ土俵でみんなでわいわいできる仲間思いの楽しい兄ちゃん。いや、末っ子なんですけどね。

りょんくんさんベンとの時は完全に可愛い弟になっていたし、達成ベンとの時は最強バディ!って感じでそれぞれ誰にも壊せない固い絆で結ばれていた。この3人の間には入れる隙がなかったんだよな。家柄とか血筋とかそういうの抜きで本当の家族みたいに見えた。ただやっぱり大公の甥っていう立場に劣等感みたいなものを抱えているのも事実で。楽しいところにいて何が悪いの?みたいな思ってそう。でも周りの人はどこかでそれを許していないことを彼自身わかっていることがあどけなく笑う姿に見え隠れしていて。大公に対して遊ぶようにおどけるように投げかける言葉だったり、モンタギュー卿への態度も敬意はあれどどこか作っているようにも見えて。彼の憎しみの矛先は大人に向いていたのかもしれない。この物語、結局のところ若者それぞれが大人に対して憎しみを持っていたと思うけれど、それがいちばん顕著に出ていたのがまりマキュさんだったなって。

悪知恵を働かせてみんなと遊んでいるのも、女に対しても恋に対しても遊びだと思っているのは本心なのかもなと思った。きっと綺麗な女の人とたくさん遊んできて、良い女だっていたはずなのに誰か1人に固執できないんだろうな。
ロミオとジュリエットの結婚を知った時のマーキューシオはロミオに対して裏切られたような、信頼していたお兄ちゃんが…どうして?って気持ちが大きくて。仲間を思う気持ちが人一倍あるマーキューシオにとってキャピュレットと許し合おうって言葉は理解ができない。それでも目の前にキャピュレットが来たら戦う以外の選択肢も見つからないんだ。そしてどんなに裏切られても仲間を守る以外の選択肢もない。ティボルトに対して投げかける言葉1つ1つがその時のマーキューシオから出てくる罵詈雑言を並べ立てている感じがすごく好きだった。だから自分の言葉を文字るようにティボルトに「臆病なのはお前だろ!」って言われると、そんなこと全く思っていなかったマーキューシオはふと我に返ってしまう瞬間が彼のティボルトに対する気持ちを増長させたように殴り合いになる。見ていてただただ辛い。

ジュリエットのことを最後まで愛し抜けとロミオに言う彼は弟をあやしているお兄ちゃんみたいに見えて。あんなに子どもだったのにどこで成長したんだろう。最後くらい大人になった姿を見て欲しかったのかなって思うくらい心が大きくなっていて。ここで甘えられないのもまたマーキューシオの不器用さが出てしまうところなんだよな。






ティボルト

ティボルト振り返ろうって思ってもあまりに違いすぎて役解釈も全部違ってきちゃったからそれぞれで書いてます。



- 渡辺大

渡辺ティボルト。私の中にあったティボルト像と一致するところがたくさんあって見ていて気持ちが良かった。そしてとにかく格好良い。胸板の輝きは噂通りで色気と一緒に増しててきっとキャピュレット夫人だけではなくていろんな女を弄んできたんだろうなっていうの感じる。若い女より熟した女にモテそう。渡辺さん、外見と中身のギャップがありすぎて未だにどんな人かわからない。アフトで毎回椅子からこけるのに誰にもツッこまれない渡辺大輔、いったいどんな人なんですか。結局アフトでお会いすることができなかったので… 気になるなあ。

キャピュレットの先頭でキラリと輝く孤高のリーダー。キャピュレットであることに誇りを持っていて、この家の跡を継ぐために今まで色々なものを犠牲にしてきた。人間らしく振舞うことよりも、キャピュレットの跡継ぎとしての振る舞いを求められてきた彼には本音で話すことができる友達を持つことは必要なかったのかもしれない。1人で誰よりも高い場所にいるティボルトは誰よりも孤独と戦っていた。頼れる人すら周りにいなくて、1人で全てを抱えて生きてきた彼の原動力になっていたのはジュリエットの存在。彼女に対する想いは自分の立場を考えると誰にも言えないことだろうし、いずれ彼女が誰かのものになってしまうことすら分かっていたのに、止められない想いも抱えている。孤独と葛藤を抱えるティボルトは”強くて優しい”姿からは想像つかないくらい人間らしくて弱い人なんだよな。 ヴェローナでいちばん家柄や血縁関係に縛られていたのはもしかしたらティボルトだったのかもしれない。キャピュレットの跡継ぎのティボルトにとって最大の敵はモンタギューの跡継ぎであるロミオだった。ただロミオは争いの場に姿を見せなくて。モンタギューの先頭にいつもいるのはベンヴォ―リオとマーキューシオ。家柄や血縁関係を大事に思っているティボルトにとって、大きな声でモンタギューを語るマーキューシオの存在は彼の苛立つ気持ちを増長させるには十分で。昔からマーキューシオのことを蔑み、憎んでいたのは関係のない家の者がモンタギューとキャピュレットの争いに最前線で入ってきていたからだろうし、何より自分の家の名を汚すような言葉を並べることへの恨みみたいなのもあったのかもしれない。ティボルトにとってマーキューシオは邪魔な存在でしかなかった。決闘前に「ロミオの居場所を教えろ」と言葉を投げかけるティボルトの目線の先はベンヴォ―リオなのがマーキューシオを邪魔者にしか思っていないことを強く写らせるんだよな。
パリスの妻にジュリエットをという話になった時にキャピュレット卿と交渉すらさせてもらえない姿に今まで自分の築いてきたキャピュレット卿との信頼関係がなかったのがみえて。結局はキャピュレットの中心にいられているようでいられなかった事実に驚きと動揺が隠せていなくてつい出てしまった「ティボルト」での本音にまた自分に対して驚く。ジュリエットを想っている気持ちを持っているのはもう1人の自分みたいな感覚で。それが目の前でジュリエットの結婚相手として現れた男に対する嫉妬と家の事情が絡んできた葛藤が襲ってくる。「俺はティボルト」という言葉にはっとしたようなものを感じたのは、本当の今まで隠してきた想いを持っている自分が現実の自分と一致してしまったから。ずっと傍で見守ることのできていたジュリエットが傍からいなくなってしまうことに気が付いてしまった。それでもティボルトとして生きていかなければいけない。キャピュレットを守るために自分の気持ちをこれからも隠さなければいけない。そんな葛藤を改めて現実として受け止めてしまった。仮面舞踏会でロミオがいたことを報告するも取り合ってもらえないことに疎外感すら感じて、現実と理想の自分との違いを感じ始めたティボルトは誰にもその姿を見せずに1人でもがく。

ロミオとジュリエットの結婚を知った彼は今まで誰にも見せていなかった姿をさらけ出すように抑えきれなくなったジュリエットへの気持ちと、ロミオへの大きくなった憎しみの気持ちが彼を争いへと駆り立てた。気持ちがあふれすぎて、自分でもそれがどんな気持ちなのかすらわからなくなったような、取りつかれてしまったような目をする渡辺ティボルトから恐怖を感じた。決闘でマーキューシオと言い合うティボルトの目の先にはロミオしか映っていなくて。マーキューシオの言葉が何一つ刺さっていない。ほんとに犬を黙らせるために投げているだけの罵倒にすら聞こえる。それだけ彼の憎しみの矛先はロミオだったんだ。「誰もが自由に生きる権利がある」と叫ぶロミオとベンヴォ―リオの言葉に対して「誰もが自由に生きる権利などない」と叫ぶティボルトは、どんな状況になろうとキャピュレットの跡継ぎとしてここにいるしか俺の居場所はないという諦めのような、腹を括ってしまったような叫びに聞こえてティボルトの本当の強さすら感じた。理想の自分と現実の自分の違いにもがいていた彼は自由に生きる自分になることができないと知ってしまったから。キャピュレットの跡継ぎとしての自覚すら感じた叫びだったな。
マーキューシオを刺してしまって、周りには強気で振舞っているけれど本当は一瞬でこの先が見えなくなってしまった恐怖や不安でいっぱいだった。ナイフを人に向けると手が震えてしまう。孤高のリーダーは強く優しく凛々しくそびえたっているように見えていたけれど、本当は弱くて脆い、普通の人と変わらないことを最後の瞬間に教えてくれた。ロミオに刺されてティボルトが笑って亡くなる瞬間、今まで背負ってきた荷物を肩から降ろせたこと、そして何より一瞬で見えなくなった恐怖や不安が一気になくなった安心で微笑みながら最後を迎えることができたのかな。
自分で作り上げてしまったキャピュレットの跡継ぎとしてのティボルト、強くて優しいティボルトの姿は現実の周りから期待されて作り上げられてしまったティボルトだったのかもしれないなあ。



- 廣瀬友祐

廣瀬さんのティボルトは私の中にあったティボルトというキャラクターを良い意味で壊してくれた人でした。廣瀬さんのティボルトを初めて見た時、ずっとティボルトは強くて怖いものを知らなくて、喧嘩が強くてキャピュレットのそれこそ孤高のリーダーという私の中にあったイメージからかけ離れた、弱くて脆くて自分の気持ちに正直なティボルトに見えた。渡辺さんがいてくれたからこそ存在できたティボルトであったと思うんだけど、だからこそ私はこの2人のティボルトに出会えてよかったと思ってる。

とにかくジュリエットへの気持ちが強いティボルト。キャピュレットにいるいちばんの理由はジュリエットを守るためで傍にいるためだった。キャピュレット夫人の甥だからキャピュレットの跡継ぎになってしまったような感じがして。ジュリエットへの気持ちはもちろん第一にあるけれど、自分の立場上その気持ちを周りに話をすることができなくて。好きでもない女を今までたくさん抱いてきたんだろうな。
色気はだだ漏れるほどあるし、中の人が良い男*4だからどんな女からもモテただろうし、ティボルトとしても信頼のおける存在だっただろうけれど、どこか頼りなさもあって。キャピュレットが借金を背負っていたこともパリスからの話で知ったような感じがあった。ジュリエットを想う気持ちがいちばんだから、ジュリエットのことになると他のことなんて目に入らないくらい突進してしまうティボルト。「だがキャピュレットの跡取りはこの俺だ」って勢いで迫る前に「だが!」って叫びながら交渉する彼は感情が強く出ちゃうからキャピュレット卿に素っ気ない態度取られちゃうんだろうな。
仮面舞踏会でジュリエットのことをパリスに近づけないようにしているのがまた紳士ぽくて格好良いなと感じさせられる。けれどジュリエットの手を取って踊る姿にどこか独占欲みたいなものも垣間見えて。パリスに渡したくない気持ちとジュリエットを想う気持ちが隠しきれていなくて少し強引に彼女の手を取る姿に怖さがみえたことに驚いた。ジュリエットはパリスから逃げるのに必死で、ティボルトが手を取ったことにも踊っている時も少し戸惑ってはいたけれど、それでもエスコートの仕方は優しくて。強引さもあるけれど優しいんだよな。ジュリエットがロミオが仇の男だと知ると「やめて!」と叫んだ時に振り返るティボルトの早さ、そして走り去るジュリエットに優しい目をして触れるティボルトに、この物語の中でティボルトとジュリエットが同じ場所にいるのはここのシーンだけなんだけど、”強くて優しい”ティボルトを感じることができた。それでもティボルトの手を放して駆けていくジュリエットに自分の想いが届いていないことを感じて、ティボルトを縛っているものの大きさを実感してしまう。子供の頃の夢を語る姿やジュリエットを想っているときには優しい目をするのに、大人に植え付けられた憎しみに対してはボロボロになって語るその姿に、ティボルトの憎しみの矛先は他でもない大人なんだって気づかされた。もちろんロミオやモンタギューが憎いのもあるけれど、ジュリエットを想っていても、その気持ちすら誰にも言えないことが彼にとっていちばん辛かったことなのかもしれない。誰かに助けを求めることすらできないティボルトはジュリエットの存在だけがキャピュレットに彼を留めてくれたんだろうな。そうじゃなかったらここから逃げ出してしまいそうな、そんな弱さがティボルトにはあったように見えた。

ロミオとジュリエットの結婚を知ったティボルトは今まであった憎しみを全てロミオに向ける。どこかのアフトで古川くんが「今日こそその日」はティボルトのロミオへの復讐のような曲だってお話をされていたけれど、私も同じように聞こえていて。ティボルトにとっての生きる糧であったジュリエットをロミオに取られてしまった復讐心が強くて。一気にティボルトであり、ティボルトでなくなってしまったんだろうな。「さあ!戦いの時間だ」の気合はすごかったし、ティボルトにとってこの戦いはジュリエットを守る為だけの戦い。「ジュリエットを守る=自分を犠牲にする」ことだから、マーキューシオとの言い合いでは、浴びせられる言葉と自分の出す言葉ですら自らを削りながらで。「誰もが自由に生きる権利などない」とロミオとベンヴォ―リオに向かって叫ぶティボルトは全てを失ってしまった地獄の底からの叫びのようで。喧嘩を止めに入ったロミオの言葉が入ってきていたのかもしれないし、戦うことで今の自分のことを正当化していたのかもしれない。ジュリエットの幸せを考えた時に、いちばん彼女を幸せにしてあげることができるのはロミオであると気が付いたのかもしれない。それでも握り上げたナイフを下ろすことはできずにマーキューシオを刺してしまう。それまでは何とか立てていたものが全部崩れるようにティボルトを襲ってきて1人で立っていられなくなる。人殺しになってしまった恐怖、これから待つであろう刑に対する不安、これからジュリエットは誰が守っていくんだろうという全てのことに対する未来が見えなくなっていて。ロミオと対峙した時のティボルトからは気持ちがぐちゃぐちゃになって溢れているようで。泣いているようで、それでもロミオの頬に手を添えた瞬間に、もう少しロミオがティボルトを刺すのが遅ければ、ジュリエットのことを幸せにしてあげてくれ。って一言が聞けるのではないかと思うような最後のティボルトの優しさが見えた。ロミオに刺されたラスト、息を引き取るまでの時間、様々な葛藤がありながらも最後まで苦しそうにしていた彼の心は計り知れない。それでも最後はジュリエットが傍にいてあげてほしかった。キャピュレット夫人の顔を見ながらお前じゃないって顔を歪めながら生きを引き取った日にそんな風に感じた。

これを書くより前に廣瀬さんの最後のシーンの解釈というか、気持ちを知ってしまった今廣瀬ティボルトにしんどい気持ちでいっぱいなのですが、私が思っていたよりもずっとずっと深い愛でジュリエットを想えていたから”強くて優しい”ティボルトでいられたんだろうなと思う。






ヴェローナでのモンタギューとキャピュレットの争いによって生まれた憎しみが作り出した化身のような存在だったのかなあ。結局最後まで死はよくわからなかった。何者でもないんだけれど、何者かではあるんだよね。
ヴェローナでごく普通にある日常、争いの場、愛が育まれる場所、そのどこにも死はいてそっと街を見下ろしている。それぞれの愛が大きくなるとき、形が変わる時にはいて、影のようで死神のようで、神のようで。そのどれもが形を変えた存在でこの街の「愛か死か」を決めていたのはもしかしたら死だったのかもしれない。物語が始まるヴェローナや仮面舞踏会などのモンタギューとキャピュレットの両家が一緒にいる場所には必ずいて。そこにはどこかに愛か憎しみが存在していた。この街の”憎しみ”を脅かしてしまうくらいの愛がいちばん大きくなるのがエメで。それだけ大きな愛を育んでいる場所では死はより大きくなる。ロミオとジュリエットの2人を覆ってしまうくらいの影。死にとって愛、平和がいちばん嫌いとしているものだからそれだけ大きくなるんだろう。今まではどこかに死の存在を感じていたロミオも愛が大きくなりすぎてしまったことで死の存在があれだけ大きくなっているのに感じられなくなる。この影のような存在に気が付かなくなってしまったことで、死に対する恐怖心みたいなものがロミオの中から消えてしまったのかもしれない。それが、ティボルトを殺してしまったことでまた蘇る。その影は今まで感じていたものよりも大きくなって。ロミオの死を予言するかのように、そして予感させるように大きくなる黒い影、そして最後には薬売りとしてロミオの前に姿を現すのは、いちばん死の存在を感じ、また死の運命すらを脅かしてきたロミオの前にだから現れたのかな。
この街の憎しみが作り出した化身だから、モンタギューとキャピュレットが和解することで”憎しみ”という感情がヴェローナからなくなることで死も死ぬ。憎しみがないと生きていけない彼は自分の存在を近くに感じていたロミオの傍にいることで街の憎しみを増長させていたのかもしれない。



- 大貫勇輔

大貫さんの死は 黒い影に近いような存在だった。そっと姿を現し、街を見下ろす。そしてロミオの傍に現れる。ただ気が付いた時にはその姿はもうなくて。いるようでいない、見えるところには出てこない、軽いって言い方をすると伝わりにくいかもしれないけれど、私には軽いものに見えた。軽くて、見えないの。空気みたいな影だった。

大貫さん、とにかくこのコンテンポラリーダンスがすごくて、肩甲骨の動きが綺麗すぎて毎回見惚れてました。表情も大きく変わらず無って感じがまた現実のものではなくて。肌の白さと黒い衣装と身体に刻まれた模様のコントラストが異種とする存在感を増させていたのかなと思う。
カーテンコールでティボルトたちと仲良く歌ってる姿がめちゃくちゃ可愛かったですーーー!!!



- 宮尾俊太郎

宮尾さんの死は死神のような死だったな。ふと気がつくとすごい存在感でそこにいる。でも姿は見えなくて、ただその影だけはしっかりとそこにいる。人を死の世界に呼んでいるようで。感情がないものとして見てはいたものの、宮尾さんからはもしかしたらこの街自体になんらかの感情を持っているようにも見えた。
霊廟でジュリエットが命を絶つとき、その魂をもらっているような動きに怖さとその魂を待っていたように嬉しそうに見えて。ねっとりとした死だった。自分の存在に気がついて、と言っているようなふと気がつくと死に覆われてしまうような大きな重い存在感だった。

宮尾さんのダンスが生で見られたのがものすごく嬉しかった。バレエ全然詳しくないけれど、宮尾さんのお名前は存じていたので、なんかすごく贅沢な時間だったなあと思う。千秋楽の挨拶でヒロティボを後ろ向かせてお話されていたのを始め宮尾さんの死を引きずっているのかそれが宮尾さんのキャラクターなのか、すごく面白くてすごく好きです!!お仕事の都合なことはわかっているけれど大阪でしか見られなかったのが残念だったなー!もっと宮尾さん見たかったです!!






お話はここまで。本当はもっと語りたい人とかいたんですよ。乳母とかキャピママとか神父様とか大公とか…… 今回は長くなりすぎたのでここまでです。まずはメインキャストさんたち。長々と読んでくれた方、お疲れ様です、そしてお付き合いありがとうございました。ちゃんと目を休めてくださいね…… 色々、色々書いたけど、全部私の主観でしかないです。

さて、ミュージカル ロミオ&ジュリエット。気がついたら平成最後にハマった作品になりました。平成ラストを飾るのには大きすぎる作品!受け止めきれてないところもたくさんあるけれど、本当に楽しくて仕方なかった1ヶ月半だったな。

2019年の春に平間くんのマーキューシオに出会えて幸せだったなあ。まさかこんなに狂わされるとは思ってもみなかったけどそれも楽しかったから良い思い出。


ロミジュリのお話楽しくて書いてるとわからないこととか見れていないところとか気がつけたり、あんなことあったなーとか思い出してとにかく楽しかった。

ひとまず私のロミジュリはこれにてお終い。
楽しいロミジュリ期間をありがとう。キャスト、スタッフのみなさんお疲れ様でした。感謝しかない。ロミジュリに出会えてよかったー!!


またいつか、未だ見ぬ恋人探しに行ける日が来ますように!








*1:ロミジュリ一応2040年の設定みたいなんですけど、個人的な解釈としては嘘だと思ってる

*2:ポケットを叩くとチケットが1枚増えてくシステム

*3:私がマーキューシオやティボルトに肩入れしながら見ていることが大きいからと言われたら否定はできない

*4:口癖なんですけど廣瀬友祐、とにかく良い男なんです

鍵をかけて、時間を止めよう





廣瀬友祐さんのワンマンライブ、THEATER Hに行ってきました。
散々行かない行かないと心に決めていたはずなのに、気がついたら私は白金高輪に行っていた。私の決意の固さなんてそんなもん。
でも本当に行って良かったと思えたので、そして文章書きたくなったから、書きます。



ロミジュリをみて、廣瀬友祐という人に出会って、なんか理由はわからないけれど無性に惹きつけられるものがあって。廣瀬さんの表現をこれからも自分なりのペースで見ていけたらな、なんて思うライブになりました。
ずっとなんでこんなに癖になってるだろ〜って思ってた理由も今回のライブを通してわかったのでこれからも多分ふわふわとついて行っちゃうんだろうな( ^ω^ )






1幕、最初の2曲は記憶がない。目の前に廣瀬友祐が出てきて廣瀬友祐は良い男だ……(※これ口癖です)って浸ってたら終わってた。廣瀬友祐は良い男です。
平成を振り返るコーナー。もうとにかく贅沢な時間でした。この平成30年の中で生まれた名曲たちを廣瀬さんの歌声で聴ける時間。このコーナーを作ってくれたことに感謝でした。
廣瀬さんの表現の幅の広さを感じたなぁ。どの曲もイントロが流れて、彼の歌声が乗ると一瞬で廣瀬友祐の世界になる。全てを呑み込んでしまうくらい惹きつけられるものがあって。15分の全14曲に渡る平成ヒットソングメドレーはとにかく素敵な時間であっという間だった。しっとりと歌い上げたり、軽やかに楽しそうに歌うその姿を見て、楽曲の持つ、そして廣瀬さんの作る世界の中に一緒に入れてくれているようで。個人的には硝子の少年が廣瀬さんの歌声との相性がピッタリだと思った。あんな感じの曲調の歌を廣瀬さんが歌うのすごく新鮮だったんだけど全く違和感とかなくて格好良かった。フルで聞きたかったな… さくら(独唱)の高音とか森山さんかと思うくらい綺麗で。もっと高音の響く曲がこれから聞きたいなと思った。全部の感想書いてたら終わりが見えないので割愛させてもらうけれど、ラストに歌ったのが世界に一つだけの花だったのはすごくセンスを感じたな。硝子の少年もそうだけど、ジャニーズじゃない人がジャニーズの曲を歌っているのがまた新しくて嬉しくて。まさか廣瀬さんが歌うなんて思わなかったから。平成を彩るにふさわしいラストの楽曲だな、と。また「No.1にならなくてもいい 元々特別なオンリーワン」って言葉を聞けたのが感慨深く感じてしまった。MCで仰っていた、自分に自信がなくても、舞台の上に立つとそんなことなんて言えなくて。粗削りの魅力を感じて欲しいと言っていた言葉。この歌詞が廣瀬さんにとてもぴったりだなと改めて感じました。それにしても世界に一つだけの花、本当に良い歌詞だな…と思った。久しぶりに歌詞がストンと入ってきた。すごい。
昨日のメドレーを振り返ってみると、私なんかがこんな風に思うのはおこがましいかもしれないけれど、平成の間に良い曲がたくさん生まれたんだなとまた改めて感じたメドレーでした。廣瀬さんの歌声で聴くことによって、また新しい角度からそれぞれの曲を聴けて、その曲たちがもっている魅力に気がつくことができました。ありがとう。

さて、平成ヒットソングメドレー。ものすごく良かった。ただメインはここだ!日替わりコーナーの話がしたくて私はこれを書いてる!
私は廣瀬さんのeven ifが聞けてとても幸せだったよ…
冷静に考えてティボルトな廣瀬さんしか知らなかった私に追い打ちをかけるようにeven ifを歌ってくるの、すごく責めてくるなと思ったし、もう十分しんどいループにいるのにもっと深くまで誘うかのようにあの世界観に引き込むんだもん。私は愛する人がいる人を愛してしまった廣瀬さんの儚さが好きだ。 (ティボルトとはまたちょっと別世界の話ではある…かな。それでもとても刺さったよ。)

平井堅のeven ifという曲、今回のライブで初めて聞きました。

even if

even if

  • 平井 堅
  • J-Pop
  • ¥250

個人的な話をすると、ミュージカルこんなに観に行っててあれなんですけど、私あんまり音楽を聞くのが得意ではなくて。曲を上手に聞けないんですよ。ミュージカルだけじゃなくて、普段聴いてる歌とかも基本的に歌詞も音楽の一部としてしか聞けなくて。曲の世界観とか雰囲気とかと一緒に漠然としか入ってこない。だから歌詞の内容を理解するまでに何回か聴き込まないといけないんです。それがミュージカルみたいにパフォーマンスをしながらになると、今度はパフォーマンスで頭がいっぱいになっちゃうから、ミュージカルとか観ていると気がつくと怒ってたり、めちゃくちゃ物語が展開している。セリフが聞こえてないから何が起きたのなわからなくて。しっかり歌詞見返してみるととんでもないこと言ってたりして驚くことは日常茶飯事なんです。

でも今回廣瀬さんの歌うeven ifは違った。こんなに初めて聞いて、この曲がもつ物語の世界に入れたのは初めてだった。
幸せそうに笑うカシスソーダの女。その女の隣で自分の気持ちを燻らせながら葛藤しているバーボンの男。こんなに悲しい曲があるのかってくらい悲しくなったし、彼の優しさとか、気持ちの昂りとか、やるせなさとか、全部感じることができた。レトロで静かなバーカウンターに座る2人の男女の背中が見えた。ものすごくやるせない気持ちになった。バーボンの男に幸せになってほしい気持ちでいっぱい。なんで好きになった女の薬指には光るものがついているんだろうとすら思った。この曲がただのバーボンの男の妄想の話なのはわかる。それがまた廣瀬さんの持つ世界に合っている感じがして。自分の気持ちすらその女に伝えることができないのが彼なりの優しさだったりするんだろうな、不器用だなっていうのが伝わってきて、とても刺さってしまった… この曲を聴きながらどうして自分がこんな気持ちになるのかもわからなくなったけれど、それは多分歌ってくれているのが廣瀬さんだったからで、ティボルトでたくさんボロボロになるのを見てきたから。たった1回だけ、曲を聞いて胸が苦しくなったのは初めてで本当に訳がわからなくなって。でも最後に時計の針を気にしてバーボンを飲み干した彼はきっとまた何事もなかったかのように彼女を送り出すだろうから、私は彼の隣で何も言わずに1杯奢るから付き合ってって一緒にバーボンを飲む女になりたいと思いました。(妄想) 都合のいい女ってやつ。それでも誰かがそばにいて少しでも気が落ち着くなら…とそんな格好良いことができる女に憧れた。なんかそんなこと考えちゃうくらい報われない恋に切なくなった。終電越えるまでいつでも付き合うよ。はぁ、廣瀬さんのeven ifがあまりに切なすぎて大好きだ。 歌詞がストンと心に沁みるように入ってきたのも初めての経験で、なんかよくわからない感情に支配された。でもそれも楽しくて。いつか廣瀬さんに報われる恋をしてほしいと思った。

2曲目は安室奈美恵さんのLove Story。この曲もまたしんどくなったけど実際even ifの衝撃でほとんど覚えてないのもまた事実。それでも恋人を失った悲しみは感じたし生まれ変わっても愛し続けるのに一緒にいられないのがこんなに辛いものだとは思わなかった。
廣瀬さんが歌うことによってよりしんどくなるのはもう仕方のないことだとしても、やっぱり切なくなってしまう。
ただ個人的な好みとしては失った恋を歌うよりも、報われない恋に切なくなる方が好きだなと思ったので、廣瀬さんの報われない恋をこれからも応援していきたいと勝手に思います、そして決まって傍で支えたいと思わせてください……


さて、1幕最後の曲は本当の俺じゃないでした。
私が今回ワンマンライブに行こうと最終的に決断したのはこの曲が聞きたかったからで、ティボルトではなくて、廣瀬友祐の本当の俺じゃないを最後に聞いて私の中のキャピュレットの女の役目を終わらせたいと思ったから。すごくすごく、素敵な最後のキャピュレットの女の仕事だった。

ロミオ&ジュリエットを思い出しながら聞くのも良い、また違った視点からでも良い、今の廣瀬友祐の届ける本当の俺じゃない。私はロミジュリの亡霊なのでやっぱり公演中のことを思い出していたのがいちばんだったんですけど、それでもこれはティボルトではなくて。「本当の廣瀬じゃない」と言っていたけれど、ほんとにそうで。廣瀬友祐であって廣瀬友祐でない、ティボルトであってティボルトでない、本当の俺じゃないだった。
なんか、感じた言葉をそのまま言うんだとしたら、全部が終わった後のティボルトであり、廣瀬友祐だった。一途にジュリエットを思う姿、憎しみに駆り立てられる姿、現実の自分と理想の自分に踠く姿、そのどれもが見てきた姿だったけれど、どこか違くて。全てを受け止め切ったあとの本当の俺じゃないだった。大人やこの街に対する言葉に牙は見えるけれど、それすらも全部の気持ちを大きな心で覆っていたように感じた。最後だと思いながら聞いていて、すごくその気持ちに相応しい感じがした。天国からヴェローナの街を見守る廣瀬友祐のティボルトの強くて優しい姿が目に浮かびました。ティボルトだった頃の"強くて優しい"とはまた一味違う、全てを知って受け止めた上での"強くて優しい"姿が見られて良かった。
天国では幸せになっていてほしいな…… マーキューシオと仲良くしてね。そしてロミオとジュリエットを優しく見守る夢見ていたヒーローになってほしい。
素敵な本当の俺じゃないでした。





2幕はTheater Hの楽曲全曲披露。
今までの経験上、イベントの時で個性を表現する人たちを見ていると私がダンス好きなこともあって、踊りで表現してくれる方がほぼ多数だったので、ステージ上に1人、歌だけの表現を見るのが初めてですごく新鮮で刺激が大きかったのと同時に、歌の持つ表現力の広さにまた世界が壊されました。
Theater H、CDはずっと聞いていたんですけど、前述したように曲聞くのが苦手な私はこの2幕で一気にそれぞれの曲がもっていた世界観とか、廣瀬さんが表現したかった、伝えたかったものを感じることができた気がした。歌詞をちゃんと感じられたのも嬉しかった。
"パフォーマンス"というよりも"表現"と言いたくなるようなステージで。強い思いや、悲しさ、切なさ、夢の中に浸っているような幸せなひと時だったり、一瞬一瞬のころころと変わっていく感情が感じられるひと時だった。
そして感情がこもった時の歌の強弱のつけ方がすごくて。一瞬で気持ちが大きくなったかと思ったらふっといなくなってしまうような瞬間があって、この人の歌の表現の幅の広さを感じた。こんな風に歌を聞いて感じる日がくるなんてほんとに思っていなかったからなあ。そしてひたすらビブラートをかける声帯…綺麗…って思ってたら時間が過ぎてました。震える声帯、美しかったなあ……




今回の廣瀬さんのワンマンライブ、行けて本当に良かったし、初めての経験がたくさんありすぎて、忘れられないライブになりました。ほとんどはeven ifのせいなので、私はこれからふとこのライブを思い出したら平井堅のeven ifを聞くと思います。今すぐTSUTAYAに借りに行かないとだ!!


またいつか廣瀬さんのeven ifが聞ける日がくることを祈って………
素敵なライブをありがとう。廣瀬友祐は良い男だ…





偽義経冥界歌をみにいってきました





義経冥界歌を観に行ってきました!!!


2019年 劇団☆新感線39(サンキュー)興行・春公演「偽義経冥界歌」

大阪公演千秋楽を観に行きました!!



大阪からの帰りの新幹線、なんか色々凄くてTwitterに吐き出すよりもここでまとめちゃった方が手っ取り早いんじゃないかと思ってビール片手に書いてます。(だから語彙力ないよってことが伝わればそれでいいです)




いや、なんかもう、すごかったんだ!!!!これが劇団☆新感線かと!!いのうえひでのり神と中島かずき先生の底力というか、とにかくめちゃくちゃかずきを浴びたんだ〜、最近はロミジュリとかいう中々しんどい沼に身を浸していたからかわからないけどかずきに優しく抱きしめられた気がする。そう、私はこういうのを待っていたし求めていたんだ。感覚が狂ってるのはなんとなく自分でも感じてはいる。



大阪公演が終わって、まだ金沢公演と松本公演、そして来年には東京と博多での公演を控えているのですが、多分ネタバレはしてないと思うのですが万が一で控えたい方はお戻りください!感情を叫んでるだけなのですが一応。どこからがネタバレでどこからがネタバレじゃないかわからないので!自己判断でお願いします!





















タイトルにしたから目次にしてみたよ。



なんてったって生田斗真

いやほんとなんてったって生田斗真なんですよ。(大事なことは2回言う)
私はVBB観ていないので、新感線に出ている生田斗真さんみるの初めてだったのですが、陽のパワーがすごい!!生田斗真さん出てきた瞬間にその周り全てが輝くようなパワーを持ってる。あ、主演だ、ってすぐにわかる感じ。伝わるかな……
新しい作品を初めて観る時、私は構えちゃうことが多いんですけど、なんかそういうの全部吹っ飛ばしてくれるパワーが彼にはあって、その上で優しくこの物語の世界に来てもいいんだよ。って言ってくれる。誰も置いて行かずにしっかり物語の中に入る時間をくれる。なんて優しい人なんだろう。だから偽義経みるの迷ってる人いたら大丈夫だよ、斗真くんが置いて行かずにちゃんと連れてってくれるから。とにかく少しでも行ってみようと思った人は行こう。大丈夫、万が一道に迷っても最後はかずきがしっかり前から抱き止めてくれるから。
まだ1回しか見れてない自分がもどかしくて、なんか2幕がすごすぎて頭パーンッッてなってるので1幕の記憶がありません!でもとにかくキャラクターが大好きでした。でも1幕の話ができない!どうしよう!2幕の話します。
2幕の生田斗真とにかくビジュアルが良い!!!!!!
あの白塗りとベージュベースの衣装がものすごく似合っていて最高のビジュアル。出てきた時声出そうになった。さすがに堪えた。かっこいいぞ、生田斗真
2幕こそが真の生田斗真であり生田斗真であった。
となかくブレないキャラクター像も相まって、めちゃくちゃ格好良いんだ。全部を自分1人で背負ってみんなの背中を押して戦う姿に感動しかなかったし、ラストはしっかりタイトルでした。鳥肌がとまらない。人ってこんなに鳥肌が立つんだってくらい私はとまらなかった。涙が出るっていうよりもゾクゾク、ゾワゾワしてくる感じがたくさんあった。こんなにもタイトルがしっくりくる物語あります!?私は知りませんでした。かずきだよこれは!かずきだったよ!!!
あと何より生田斗真、殺陣すごすぎません!?!?!?!?!?
1幕と2幕で殺陣のスピードが違いすぎて驚いた。動けるのは知ってたけど、あんなに動けるなんて知らなかった。今日2幕のゆっくんさんとの殺陣がいつもの倍速だったらしいんですけど、それに問題なく、なんなら余裕くらいの勢いで対等に剣を交える彼をみて、この人化け物だなと思ってしまった。ゆっくんさんの殺陣めちゃくちゃ早かったよ!?!?とにかく凄かった。この凄さを伝えられる語彙力がないのが悲しいからとにかくみんな観て。
1幕の殺陣見ながら正直な話、斗真くん殺陣こんな感じなんだ〜くらいに思った自分を殴りたい。2幕で俺はそんなもんじゃねえ!!!!って勢いでぶちかましてくる。やっぱり盛り上がる2幕、最高に楽しい。ちなみに体感は3分なので。みなさんよろしくお願いします。あと、生田斗真の鼻筋が綺麗すぎて見惚れました。



可愛いっ!!!とにかく叫びたくなる中山優馬

ほんと言葉がちんけでごめんな…… とにかく優馬目の水分含有量がすごくてどこから見ても目がきらきらしてる。変わらないその目に安心すら覚えてしまったよ……… とにかく偽義経観に行った人には個人的にプッシュしている優馬のあのとんでもない目の水分含有量。行く人はみんな見てきてください、私はあんなに目がきらきらしてる人に出会ったことがありません。 個人的に昔よく優馬を見ていたことがあって親目線から抜け出せなかったのが本当に申し訳ないんだけれど、めちゃくちゃ成長していたし、ちゃんと新感線に出られてた!!!それが私はとても嬉しいです!!!!!あと斗真くんと優馬が兄弟ってどんな最高の設定よ???ひでのり神かかずきかの想像する家系図めちゃくちゃ美形揃いでびっくりしたよ。どこ見ても良い顔しかいなかった。あら不思議。
1幕の闇堕ちメイクが最高に似合ってて最高なので忘れずに見ないと!って肝に銘じました。1幕の後半のあるシーンでしか見られない闇堕ちメイク。こんなにクマが似合うか?ってくらい似合うから。顔が綺麗って羨ましい。
そして2幕、さくらちゃん追いかける優馬が可愛いすぎて声が出ました(すみません)
ゆまたんがゆまたんしてるので気になる方はぜひ!偽義経冥界歌観に行ってください!!!!!



藤原さくらの醍醐味

藤原さくらちゃんの歌、最高すぎるからね???
鳥肌しか立たないし、ちゃんと歌うし歌った瞬間にその場全てが静歌でいっぱいになる。空間も胸も静歌〜〜〜ってなるからすごい。
馬鹿な頭で聞いても「あ、この歌って冥界と通じてるし扉も開けるわ〜〜〜」って思ったのでそんな世界観。藤原さくらちゃんにしかこの世界観は出せないだろうし現世と冥界の間を取り持つどこの世界にも属さない感じの歌い方がすごく好きだった… 静歌のサントラが欲しいよ〜〜



りょうの格好良さ

りょうさんめっっっちゃ格好良い!!!
なんかりょうの良いところ全部盛り!はいよっ!!!って大将に出された感じ。強いところ、弱いところ、優しいところ、可愛いところ、目ツキが怖いところ、全部がちゃんとりょうだから。精神的っていうか外見が強い大人な女が好きな人は間違いなく好きだと思う。



十三おじさんっっっ

これで最後!十三おじさんの話をさせてください!!!!!!!
タイトルが河野さんだけ役名で並びほんとあれ?って感じなんだけど、あれは河野まさとであり河野まさとでない、河野まさとである十三おじさんという人なんです!!!!!!(意味がわからないのは私もおんなじ)
十三おじさん、とにかく顔が良い!!!顔が良い!!!!!
ビジュアル?100点!衣装?100点!お顔?点数とかつけられません!!合計?100万点満点!!!てかそれ以上!!わーいわーい!!!!
出てきた瞬間私の気持ちこんなん。叫びたくなる河野まさとの素晴らしさ。
あとかずきの脚本だからちゃんと当て書き。ちゃんと河野まさと。意味わかんないかもしれないけど、新感線みて河野まさとという人物を知っていれば、見終わった後になるほど!って叫びたくなる。
大好きな河野まさと詰め合わせだった。お願いだからもう最後なんて言わないでね。(言ってません)
りょうさんに向かって「あほー!!ぶーすぶーす!!!」って言い放てるのは河野さんしかいませんでしたね。りょうさんも対して「お前の方があほじゃー!!」って仰ってましたがぶすとは言ってなかったのでりょうさんも認める河野まさとのお顔の良さ。() ありがとう。奇跡の51歳ここにあり。
ほんとに、まさとさんのお顔パーフェクトで、かずきの当て書きもパーフェクトだから、たくさん浴びれるよ… かずきも河野さんも……
2幕の十三おじさんのとある一手に叫びたくなりました!!!!それ!待ってたー!!!!!!ってなりますので。観に行かれるみなさんお楽しみに。そうして私は十三おじさん日替わりセリフが楽しみになってしまった身なのでひっそりレポが回ってくるのを楽しみにしていますね…(静かな圧力)



ひでのり神とかずき

演出家のいのうえひでのりさん、そして劇団☆新感線の座付作家の中島かずきさん、偽義経冥界歌、最高の作品だったからこれが最後かな、とか思っちゃうくらいの傑作だったのですが、これからも長生きして私にもっともっと新感線を浴びさせてください!!!よろしくお願いします!!!!!






書き殴ってしまった…… 冷静さを戻してない頭でとにかく気持ちを吐き出したくて書いたブログ、最後までお付き合いいただきありがとうございました…… ほんとはね、もっと書きたい人とかいたんですけどとにかくぐわぁぁって伝えたい人だけ書いた。じゅんさんが最高だった話とか、ゆっくんさんがなんか異次元だった話とか、よっ!監督っ!!って叫びたくなった話とか、粟根さんとさとみさんがめちゃくちゃ可愛い話とか、磯野さんが農民じゃなかった話とか、色々したいんだけど、今日は体力の限界。
ただ何より、中島かずき劇団☆新感線の新作をこうやってリアルタイムで見られたことが何より幸せでした!大阪まで来てよかったー!!


そして改めて、偽義経冥界歌、大阪公演千秋楽おめでとうございました!!


もしまだ迷ってる人がいたら諦めてチケット買って見に行ってください。生田斗真を浴びよう!!!幸い東京公演と博多公演は来年!!まだチケットの先行すら始まってない!!わーいみんな平等にチケットが取れるんだよ!チケット代はどんなに遅くても1幕で使い切れるから!2幕は実質タダだから!!!!タダで最高の生田斗真を浴びよう!!!!



年内見られるのは次は松本だけなので!また進化した偽義経が見られるのがとっても楽しみだよ!!!!